◆春秋戦国時代
紀元前七七〇年に周が都を活邑(成周)へ移してがらー紀元前二二r年に秦が再び中国を統(するまでの動乱の時代。
アジアと西洋が出会う場所メソポタミアは'侵略や民族の大移動の舞台となった。
紀元前七二二年'アッシリアのサルゴン王はサマリアを征服し、ユダヤ人をアッシリアへと追い出した。
紀元前六三〇年には'ユダヤ人を彼らの土地に送り返したメディナ人によりへアッシリアもまた追い払われた。
次の二世紀はめまぐるしい時代であった。
個人主義の原則が明確にされへこの傾向はその後の史実にはっきりと現われてくる。
紀元前五九四年、ソロンがアテネで史上初の民主憲法を制定した。
紀元前五八六年にはバビロンの王であったネブカドネッアルは、エルサレムを破壊し'再度へユダヤ人をエルサレムから追い出し'今度は彼らをバビロンに連行した(バビロン捕囚)0
紀元前五三八年、アケメネス朝ペルシャ帝国のキエロス王が率いるペルシャ人が山から下りてきて'メソポタミアの肥沃な大地に進行Lへバビロェアを征服した.
そ七て再度、ユダヤ人をイスラエルに送り返した。
この一連の出来事は'紀元前五二五年に二〇〇〇年にわたるエジプー王朝に永遠の終止符を打つことになるペルシャが'メソポタミアからエジプトまでを支配する以前の話である。
同時期に中国の賢人である老子は'幸せとは無為にあ-'唯一へ真の自由とは'自らの欲望に惑わされないことだと述べた。
インドではお金持ちの王子であったゴータマは'父の位を継承することを拒んで「悟り」を開き、ブツタとなった。
ブツタは新たな人生をヒンズー教という古い教義が支配する地域での布教に捧げた。
それからしばらくして'中国ではもう一人の賢者である孔子が、幸せとは'礼儀、家族、伝統、上下関係、目上の者に対する尊敬を必要とするという教えを広めた。
これは歴史の大きな転換点であ-へこの傾向はその後も脈々と続きへ現代の我々にも大きな痕跡を残している。
つまり'アジアでは'自らの欲望から自由になることを望む一方で'西洋では'欲望を実現するための自由を手に入れることを望んだのである。
言い換えれば'世界を幻想と捉えることを選択するか'世界を行動と幸福を実現する唯一の場であると捉えるかの選択である。
すなわちへ魂の輪廻転生か'それとも魂の救済かという選択である。
地中海(紀元前五一〇年へローマが自由な市民により共和国となった)では'小さな都市国家アテネは'予想に反して'ペルシャ帝国の精鋭部隊の攻撃に耐えた。
しかしながら'ペルシャ帝国は小アジアの他のギリシャ都市国家を次々と陥落していった。
アテネはスパルタの支援もありへついにペルシャ軍を敗走させた。
紀元前四九〇年、当時'ギリシャ最大の哲学者へラクレイトスの信奉者であったペルシャ王ダレイオスは'マラトンで大敗を喫した.
彼の後継者クセルクセスも'10年後にサラミスにおいて敗れる。
史上はじめて小さな都市国家が帝国の攻撃に耐えたのである。
これは最初で最後の事例とはならなかった。
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第2章 1-(市場民主主義)の誕生-紀元前12世紀
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第2章 2--「自由」こそ究極の目的-古代ユダヤ・ギリシャの理想
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14・・・アメリカ,終悪の始まり
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