月末の返済日には、何が何でも、一ケ月分を振り込まないと夫に返済の連絡が回る可能性がある。これまで夫に発覚しないよう苦労してきた。掃除、洗濯、料理など手を抜くことはなかった。どんなにいい台に巡り合っても6時までにはきり上げ、自宅で夫を出迎えた。おしゃれにも気を配り、いつも綺麗であるよう心がけてきた。
先月は、年金暮らしの母に、あれこれ理由を伝え貸してもらって切り抜けた。
今思えばそこに座った日にパチンコから足を洗うべきだった。しかし、あの時はそんなこと思いつかなかった。都合の良い貯金箱のように、一万、二万と毎日引き落とした。限度額は、すぐに訪れた。それでも、朝10時少し前に並び、店内で狙い台に座る満足感。音楽と同時に打ち始め、今日の行く末を案じる高揚感を失いたくはなかった。他人事のように捉えていた多重債務者という言葉。今、私はその一人。現実味がないまま、金属球をはじき続けた。毎日危険な綱渡り。なのに自分には、命綱があると勘違いしていた。三社目が限度額を迎えた時、月ごとの返済額は八万近くになった。
千円が十万、二十万に化けるのが今のパチンコ。しかし、1日パチンコ店にいると、十万近く失うことになる。店内の誰もが、他の誰より、上手に立ち回っていると勘違いしている世界。自分より多く失っている仲間を見つけ安堵している。約400分の1の確率は気まぐれだ。当たりとハズレの二種類しかない振り分けを様々な液晶画面の演出が錯覚を起こさせる。単なるハズレを惜しいと勘違いさせる。今月の家賃は昨日なくなり、息子の二ヶ月分の給食費は、今日、一時間足らずでなくなった。サラ金なんかとこの前まで言っていた私がいま無人の申し込みボックスにいる。