この記事は、2007年ごろに当時Yahooブログにアップしていた記事です。
Yahooブログを閉鎖することにしたので記事も消えてしまいますが、この記事だけは残しておこうと思いました。
20歳をちょっと超えた売れないベーシストの若造が、当時の日本人なら知らない人はいない『坂本九』さんと音楽合宿をしたという、普通では考えられない夢のような出来事は記録しておかないと。。。
というか、また書けと言われても、もう書けないし(笑)
当時のYahooブログでの記事をご覧になったことがある方には、記事が重複してしまいますが、ヒマな時にでも読んでいただければと(笑)
なお、文章綴りは当時の文体をアレンジしてあります。
長文ですので分割しようかと思いましたが、当時のまま1回完結にいたしました。
以下、当時の記事となります。
もう35年も前のこと。
『九ちゃんといっしょに軽井沢でレコーディングしてくれ』
という唐突な依頼がありました。
依頼をくれたのは、当時ミキサーのT氏で、以前から顔見知りでした。
ちょっと前には
『アイドル歌手のデモテープをつくるから、おいで』
ということで、いつもの指定されたスタジオに行くのですが、ここはT氏知り合いのハープ奏者の自宅がスタジオになっており、何かと利用させてもらっていたスタジオです。
○○ちゃん来るかな~♡ などと期待していると、本当に本人がいたのでビックリしたこともあった。。。
なんでも、この家に住んでいる(下宿している)と・・・
いままでそんな話聞いてなかったぞ!何度も行ってたのに~!!
そして、今回『九ちゃんといっしょに軽井沢でレコーディングしてくれ』です。
ずい分と簡単におっしゃいますが、『坂本九』という名前は、当時日本国民知らない人は一人もいない、いわば国民的超大物歌手ですよ!
なんでこんなボクらみたいな若造が?って言うか、なんでアナタがそんな超大物と知りあいなの?
数日後、『九ちゃん』さんが、アイドル歌手○○ちゃんの下宿するハープ奏者の自宅兼スタジオへいらっしゃった。
さすがに緊張しましたよ。自分では笑顔なんだけど、泣き顔のようになっているのがわかる(笑)。
『九ちゃん』さんはまったく無表情。
『何だコイツら・・・』と思っているに違いないんです。。。
業界は同じとはいえ、まるで別世界の雲の上の人、『格』が違いすぎる。
付き人をされている方がずいぶん威勢のいいお兄さんで、声もデカいし、よくしゃべる方でした。
しかし『九ちゃん』さんの指示は絶対です、「ハイ」と一言、よく動かれていました。
さて軽井沢への出発当日、『九ちゃん』さんは付き人の『サブちゃん』さんとトヨタのセンチュリーに乗り、ボクたち楽団はトヨタのハイエースに乗る。
今みたいに高速で軽井沢まで直接行かない、いや、行けないんですね、まだ高速が軽井沢まで繋がってなかったので・・・
高速は高島平から関越自動車道に乗ることになって、高崎の手前くらいで降りたと思います。
そこから西へ安中や碓氷峠を越えて北上するルートでした。
安中を過ぎたあたりで、センチュリーは今で言う「ファミレス」に入った。
ボクたちのハイエースも続く。
夕食を食べてなかったので、ちょうどいいタイミング!
我々大勢の団体が入っていくと、店内のお客様はいっせいにこの団体客を見る、さらに先頭の一人の人物を発見するや、「お~!」や「きゃ~!」というどよめきが店内からいっせいに起こる。
それだけでもスゴイことなのに、『九ちゃん』さんはもう慣れた様子で、楽団の若造たちだけが面食らうのでした。
ファミレスの店長が、かしこまって個室に案内してくれる。
もうすでに誰かが予約を入れていたらしい・・・
『好きなもの、たのんでいいよ!』と九ちゃんさん。
店長さんは個室の入り口付近で色紙を抱えて、縮こまっている。
ここで初めて全員和やかな空気に包まれます。
『九ちゃん』さんの優しい口調や、面白い話で、やっとこのメンバーにも連帯感が生まれてきました。
よかった!どうなることか心配だったんです、マジで。
軽井沢に着くと夜中でした。
ここは『九ちゃん』さんが所属する事務所社長の別荘。
普段ここには、管理人として今回賄いもしてくれる一人の女性と、その息子さんが住んでおられます。
別荘の母屋には『九ちゃん』さん、離れには付き人のサブちゃんさんとバンドとミキサーのT氏が宿泊した。
翌日、さっそくT氏の指示で、バンド機材を外に出しました。
別荘の広い庭で機材のセッティングをする。ドラムもベースアンプもみんな外。
『外でやるの?』
『そうだよ、きれいに録れるよ~』とT氏。
T氏の録音機材は母屋の部屋だ。綺麗な部屋で、確かにバンドメンバー全員が入ると狭いかもしれない。
部屋の中に、さらに小さいブースがあり、ここは歌入れするところのようです。
T氏は庭でテントを張り始めた模様。さすが!音響を考慮して音の拡散や廻りを調整している。
『いや、雨が降ったら困ると思って』・・・
この別荘にはかれこれ1週間滞在しました。
三度の食事が美味しくて、行き届いた待遇にメンバー全員感謝です。
昼間の録音が終わると、母屋で全員揃って演奏の確認をします。
このころには『九ちゃん』さんともすっかり打ち解けて、お話ができるようになっていました。
ボクたちは、まるで子ども扱いです。
そしてなにより『九ちゃん』さんの人柄を尊敬したし、大好きになっていきました。
何日目かに『親父(オヤジ)』という曲を録音したときのこと。
夕食前に例によって録音されたモニターを全員で聴いていたのですが、『九ちゃん』さんは途中でそれを止めさせました。
もうすぐ賄いの○○さんが夕食の用意ができたと知らせにくる。○○さんにはご主人がいない。
だからオヤジという曲、あの母子にそれを聞かせるわけにはいかないんだと。
この九ちゃんさんの優しい気持ちに誰もが感動でした。
さて、この合宿、ボクたちは行って録音することしか聞いていなかったわけですが、合宿終盤にはTV番組の『スター千一夜』の録画録りも行われました。
事務所のマネージャー氏から説明を受け、番組で合宿の一日を紹介し、いままでの『歌謡曲?』路線とは違う方向性も知ってもらう主旨だとか。
その日に別荘の近所で新しい“運動靴”を買った・・・!?
収録当日は、これまで一度も起きたことのない早朝に起こされ、全員でラジオ体操。
もちろんカメラが回っているんです(笑)。
そのまま早朝ランニングへと展開するのですが、コースはあらかじめ説明を受けた別荘のまわりを2キロほど走ることになっています。
『カメラの回っているときだけ走ればいいんでしょ!?』
『だめだよ!ずっと車で追いかけてるんだから』
ボクは頑張ったけど、途中で脱落・・・きっとそれも録画されたはず・・・
そして、演奏風景やモニタールームを録画し、ちょっとしたインタビューを受けて一旦終了。
昼になると、TV局の本隊が大人数で到着し、大掛かりな機材がセットされる。
司会の関○宏氏や、『九ちゃん』さんの奥様や、まだ小さかったお嬢様もやってきた。
本番のインタビューで『九ちゃん』さんは、このような規則正しい健康的な音楽合宿をしていると強調していたようです・・・ん~
ところで、当時付き人をしていた『サブちゃん』さん。
この方は俳優の『石倉三郎』さんです。
合宿中もよくしゃべり、いわゆるムードメーカーでした。
石倉さんは、もともとが俳優さんで、東映のいわゆる『大部屋』にいたとか。
『石倉』の『倉』は『高倉健』さんからもらったんだと自慢されていて、このままじゃ終わらないと別荘の離れで飲みながら語っていたのが印象的でした。
まさにその通りになりましたね。
軽井沢の合宿が終わり、数日してボクたちは『九ちゃん』さんのご自宅に招待されました。
ふと駐車場をみると高級車が数台、ナンバーはすべて『9』だった。
地元では『柿○○坂御殿』といわれる豪邸。
そこで奥様の手料理をご馳走になり、軽井沢での話以外の話題でも盛り上がり、夢のようなひと時をすごさせていただきました。
あとでわかったのですが、後年『ターニング・ポイント』というアルバムが発表され、合宿で録音された曲はそのためのデモ・テープ作りだったようです。
さんざん長居して、そろそろと思っていると、お風呂に入ってから行けと言われ、なんと、お風呂までいただくことに!
ただ気になったのは、奥様がロングヘアーは嫌いだとおっしゃったことだった。
(訂正)
今回、この記事をアップしたら、さっそくこの記事を読んだ当時の関係者から訂正コメントが入りました。
1.高島平から関越に乗ったのではなく、目白通りから谷原通って練馬から乗った。
2.途中『ファミレス』で食事とあるが、食事したのは関越に乗る前で、谷原手前の目白通り沿いの焼き肉レストランだった。
ボクの記憶では関越降りてからの食事だったのですが、時間的なことを考えると、どうやら乗る前に食べたというのが正しいようです。。。
35年前の記憶って、いかに曖昧であるか・・・
でも、こうやって記事にしてあったおかげで、ハッキリすることもあるんですね。
ということで、ここに訂正させていただきます。。。ありがとうございました。