佐久平どの地にあっても浅間山か八ヶ岳或いは蓼科山が見える・・経沢香保子さんと【立科ゴルフ倶楽部】 | 銀座由美ママの心意気

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働く女の心意気を、銀座という世界を通して、様々な観点から表現したくブログを始めました。 そんな銀座ママの日常です。どうかご笑覧下さいませ。


人生は自然から切りはなして何一つ考えられない

―有島生馬




佐久平のどの地にあっても
浅間山か八ヶ岳
あるいは蓼科山が見える・・・



由美ママの三連休は
土曜日より
再び「立科」の地へと出かけました音譜
http://ameblo.jp/ginzayumimama/entry-10633946503.html  (2010年8月31日号)




銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部 No.16  

友人の経沢香保子さんhttp://ameblo.jp/trenders/  と【立科ゴルフ倶楽部】の雄大な打ちおろしのミドル

No.16 

銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部 雲

空はすっかり“秋の雲”くもり

銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部2

さて、佐久にゆかりの文人と云えば、
司馬遼太郎のシリーズ『街道を行く』を
思い浮かべますが、
本書では
佐久平を訪れた司馬遼太郎が
歴史文学者らしく
武田信玄はもちろんのこと、
小諸城主の小室氏、
大井氏、村上氏、徳川期の千石氏、

牧野氏らのことに触れて、
佐久一帯の来歴を語ってくれています。


また「信濃」には

埴科、更科、蓼科、立科、穂科、倉科・・・といった
“科(シナ)”のつく地名が実に多く、
「信濃」の名の由来も
元は『日本書紀』斉明紀六年の
記述の「科野国」という文字を

当てているとされています。


この“科”とは何を意味するかについては、
かの本居宣長は『古事記伝』において、
この“科”は信州に多く自生している

樹木であるとしています・・・


或いは、上代人が布の繊維をとった
“栲(タク)”の木だとする説もあり、
なぜ“栲”という植物名を
わざわざ“シナ”というのかについては、
定かではありませんが、
ただ神楽歌に「木綿(ユフ)つくる“科”の原」

という一節があり、
これを見れば植物の名に見えたりもしますね。



銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部

銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部 No2   

目標を定める香保子さん

銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部 No.2香保子さん 
 


その他では、
“シナ”という上代の普通名詞は、
『時代別国語大辞典』の上代編によると
階段もしくは層をなして

重なった形態を示し、
それは、信州には日本の背梁山脈がとおっていて、
大小の山岳がまことに重畳としている地形を表しますビックリマーク

そして

その山々のあいだに「平(タイラ)」とよばれる
大小いくつもの野があり、
そういう立体と平面の組み合わせ、
もしくは
立体の中の断層的な平面の形態を“シナ”と言い、
全体を“シナノ”と呼ぶようになったと云う説もあり
「この説は理が勝ちすぎていて、わけがわかりにくい。」
と司馬先生は
「信州佐久平みち」の「しなの木と坂」で述べられています。
http://homepage2.nifty.com/kodaijin-tamat/index.files/sinsiusaku.htm


銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部No.9

銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部No.13  

No.13

銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部No.15 香保子さん

No.15


銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部No.15

銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部 浅間山を撮影 香保さん

浅間山と撮影する香保子さん


銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部No.15 香保さん

銀座由美ママの心意気-立科ゴルフ倶楽部No.15 由美ママ&香保ちゃん



そんな司馬遼太郎ゆかりの「信州佐久平みち」で
由美ママ&香保子さんは、
お気に入りの【立科ゴルフ倶楽部】で、
千曲川が森や丘を縫って悠々と蛇行し、

佐久平そのものが一個の完結した小宇宙なる
みごとな景観を堪能しました音譜

『立科ゴルフ倶楽部』ゴルフ

http://tateshinagolf.com/