空と星が終わるまで。 -29ページ目

空と星が終わるまで。

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伝えたい言葉がある。
どうして彼等だったのだろう。
一番助けて欲しいと願っていた時に出会ったのが。

どうして彼だったのだろう。
一番欲しいと思っていた言葉を言ってくれたのが。

彼はまるで真っ暗な闇を優しく照らす月の様。
導かれる様に、私を光差す場所に連れ出してくれた。
自分で選んできたはずの道。それなのにまるで全てがシナリオの様。

本当に寄り添う様に唄っていてくれたから、背中押し続けてくれたから、迷っても泣いても死にたくなっても、生きること諦めなかったんだと思う。

だから、さよならの前に伝えたいんだ。
最後を用意してくれたから。

「ありがとう」を届けに行きます。

3月22日、実家の祖父が96歳という約1世紀に渡る人生に幕を閉じました。

お顔を見て、最初に告げた言葉は「お疲れ様でした」でした。
苦しむ事はなく、本当に安らかに眠りについた様な表情でした。
死に目には会えなかったですが、それが唯一の救いです。

私の記憶にある祖父は、普段は無口で、でも事あるごとに祖母と言い合いばかりしていて、あまり仲の良い夫婦という印象が無かっただけに、私の方から関わろうとはあまりしていなかった気がします。

でも小さい頃はよく抱っこしてもらったという話を聞くと、不器用でも、祖父なりに愛情を注いでくれていたんだなと思い、今思えば、もっと祖父を知ろうと歩み寄れば良かったと少し後悔しています。

今はただ、ご冥福と、お浄土でゆっくり休んで下さいと心から祈ります。


そして、いつか向こう側で逢えた時、自分の人生に胸を張って幸せだったと言える様に、しっかりと生きていこうと思います。

今まで本当にありがとうございました。

今日は忘れもしない、日本の未来が大きく変わった日。

亡くなられた方は15000人を超え、未だ見つかっていない行方不明者数は2600人以上…

あの日の衝撃は今も鮮明に脳裏に焼きついています。
不条理に、無情に、残酷に沢山の命が奪われて。
沢山の人の人生が180度変わってしまった。

それでも、あの日から確かに日本中に、世界中に人を思いやる気持ちが大きく広がったのも覚えています。
まだまだ復興には膨大な時間が、資金が必要です。
そして何より、支援は継続していくことが大事です。

私も、出来る限りの支援を続けていこうと思います。

どうか、私に優しい言葉を掛けて下さった石巻にいる彼女が、幸せでありますように。

ずっと忘れない。ずっと願い続ける。

この青い空の下、東北の方々が笑顔で過ごせる時が来る日まで。