311日め | おわかれの日々

おわかれの日々

長女の交通事故死、次女のホス狂、実母の認知症、主人の肺がん

記録として。

あれから毎晩病院から電話がある。

 

母が病院内を徘徊し、帰ろうとしてしまう。

看護師さんも夜勤の時間帯になると人数もかなり減るので、

対応がむずかしいようだった。

 

母にちゃんと迎えにいくからね、今は足を治さないいけないからそこでお世話になってね、

といくら説明しても、理解できないようだった。

 

それで、母は怒って、もういい!と電話を切ってからは落ち着くようだった。

 

認知症の対応もなかなかむずかしかったので、

包括センターに電話し、面談してくれることになった。

 

包括センターの職員さんと話をし、母の介護度を再度認定してもらうことになった。

職員さんも父より私と話しを進めようとするが

父を巻き込みながら話をしていった。

 

そんなとき、職員さんが私の住んでいるところや家族のことを聞いてきた。

 

お子さんは?と聞かれ、すぐに返事ができなかった。

みるみるうちに涙がたまってしまい、職員さんにびっくりされた。

 

涙がでてしまったので、すべて話した。

 

 

父が一言、

まだ泣くんか、おまえは。

 

 

 

 

 

職員さんはそりゃ泣くよね、ごめんなさいねって言うていた。

 

私は半ば放心状態だった。

まだ1年も経ってない。まだまだ長女のことは割り切れていない。

ずっと寂しいし、悔しいし、自分が許せない。

 

親の前ではあまり泣かないようにしていたから大丈夫とでも思っていたのだろうか。

あきれるというか、返す言葉も見当たらず、私は黙ってしまった。

 

長女がいたらいっぱい相談できるのになぁ。

 

なんでいないんやろう。ほんと私があのとき頼まなければよかっただけだ。

ほんと自分でちゃんとやればよかったんだ。

 

そう、だから親のことはちゃんと自分でやらないと、だ。

 

 

 

 

 

 

午後から、病院にいってリハビリの先生と面談することになった。

母の認知症の度合い、性格を話し、リハビリの先生に母の状況を伺った。

 

リハビリしているときは母は機嫌がいいらしく、先生は母の暴れる状態を見たことはないようだった。看護師さんもその辺はわかっているから大丈夫ですよ、って言ってくださるが

大丈夫じゃないから電話がかかってくるんじゃないだろうか?と思いつつ

1時間ほどお話をしてくださり、父も少し納得したようだった。

 

その日は病院から電話はかかってこなかった。