飯場の子 48話最終話
「生涯小僧の心で」
甲斐組を引き継いで以降、ぼくは会社を成長させ、そして多くの事業を立ち上げてきた。
30名だった社員を100名近くにまで増やし、グループ会社もを作るまでになった。
様々な挑戦をし、それを形にしてきたと思う。
そんな僕を見て、周囲の人たちは、こう声をかけてくれることがある。
「いや、今村さん。あのオヤジさんを超えたね」
こうして自分の努力が評価されるのは有難い。非常に誇らしい。
頑張ってきたことが、周囲にも伝わっているんだと実感できることは、やはり嬉しい。
が、僕はその言葉を真に受けたり、同調したりしたことがない。
その理由は2つある。
1つは、「もうこれでいいや」と現状に驕り、偉ぶることはしてはいけないと思っているからだ。
「もう俺はこれでいいんだ」とか、「ここまででいいんだ」となったら、人間、もうそこで終わりだ。
自分がそこで止まってしまう。
止まるどころか、人間はそこから恐らくマイナスの方向に多分思考を移してしまうと思う。
自分が歩んできた道を振り返ってみた時に、いろんな人たちがいて、いろんなことを伝えてきてくれた。
その中で痛感したのは、やはり人間、偉くなっちゃったらダメだということだ。
「飯場の子だ」と、小さなころから職業差別に近い扱いを受けてきた。
友達の親からは「あの子と遊んじゃいけません」と言われたことで、涙を噛み締めた経験。
そして反骨精神が生まれ、幼き頃から場の空気を読む感覚とか、いろんな苦境に対しても鍛えられてきた。
こうして育て鍛えてもらってきた人たちの気持ちも忘れない。楽をしようと思わず、何事にも常に前を向き、好奇心を持って、一生懸命生きることで、それが自分の所作となり、行動になっている。
いつも思う、
「生涯、小僧の心で」いたいのだ。
この「生涯小僧の心で」という言葉は、奈良県の金峯山寺にて千日回峰行を満行した塩沼亮潤大阿闍梨という人の言葉だ。
9年間かけ、5月から9月までの間、山を毎日往復48キロ登って帰ってくる厳しい修行を1日も欠かさず行うという。
もしもルールを破れば、命を絶たなきゃいけないという厳しい掟の中で。
そんな偉業を達成することは、本当にすごいことなのだが、本人は偉ぶることがない。もはや「生き神様」のような状態なのだ。
世の中、同じように偉業を成し遂げてきた人がたくさんいるけど、やはり「俺はこんだけやったぞ」とか、「俺は成功者だ」なんて思ったり、口にしたりする人を、僕は見たことがない。
いや、そういうことを思ったり言ったりした時点で、その人は「そういう人」じゃないんだと思う。
よく「過去は変えられない」というが、僕はこれには異論がある。
過去とんでもなく辛かった出来事でも、その過去によって形成された今がある。自分がその過去をどう捉えるかによって、その辛かった出来事も「感謝」に変えることができる。
だから過去は、自分の考え方次第、解釈次第でいかようにも変えることができると思うのだ。
そしてそれは、その後の自分の原動力や、何かを始めるきっかけにも多分なると思う。
逆に未来は変えられないと思う。
未来というものは、予測不可能だ。
例えば、天気予報がいくら晴れだと言っても実際は雨が降る事実を変えることはできない。
5分先が予測できるなら、事故などは起きたりはしないのだ。
だからこそ、そういう「予測不能な世界」で生きてるからこそ、「自分がこれでいいんだ」という考えにならずに、生涯小僧の心で、驕らずに生きていきたい。
僕が周囲からの評価を真に受けないもう1つの理由は、僕自身は、親父を超えられないと思ってるからだ。
親父から、この甲斐組という会社を預かっただけの立場でいると思っている。
前述したが「企業」とは創業者の魂だ。
「俺の会社だ」と声を大にして言えるのは、創業者だけだ。 二代目、 三代目、 四代目は、俺の会社なんて言っちゃいけない。
苦労が違う。
跡を継いだ側は、銀行と最初の取引をする苦労を知らない。登記する重みを知らないのだ。
その感覚を最も感じられるのは、第二創業だ。一から新しい分野を始めてみると、改めて親父の偉大さが分かる。
それでも母体のバックアップがあるから、銀行との付き合いは創業者よりもずいぶん楽なはずだ。最初にお金を借りる時の大変さなんて、やっぱ経験できないのだ。
甲斐組という会社は、親父がいなかったらこの世に生まれていない。
あの親父という創業者がいなかったら存在していないこの会社を、僕はどれだけ成長させたとしても、親父を越えることは絶対にできないのだ。絶対に…。
それでも僕は、飯場の子として、人様から後ろ指をさされないように生き、立派な会社にしてみせると誓って生きてきた。
もしかしたら、いつか、今より少し親父に近づくことができる日が来るかもしれないけれど。
これまで綴ってきた通り、親父とは何度も何度も、心が病むほどぶつかりあってきた。
いつも僕の前には、親父がいた。
その親父はもういなくなってしまった。
寂しいが、僕は見えない背中を追うことしかできないのだけど。
あれだけ辛い思いさせられたし、大変だったけど…。
会えるもんならもう一度、会いたい。
過去を振り返り「あの頃が一番良かった」なんて言う人がいるけど、そんなことを思った事は一度もない。人生は積み重ねだ。
今、この時が一番大事だと思う。
学びと感謝と反省の日々を過ごし。そういった心で歩んでこそ、いつか「ああ良かったな」って思える人生になるんだと思う。
僕は、今でもあの頃のままだ。
幼き頃、甲斐組の敷地内、一番高い駐車場の屋根の上で、いとこのヒロユキたちと一緒に西の空に沈む夕日を眺めた時のまま。
ずっと、小僧のまま。
「いつか甲斐組を継いで、この会社を、大きくしていくんだ」、と心に決めた、
あのころのままの、小僧なんだ。
完





