飯場の子 第45話 「東海大学ラグビー部との縁」 | ポジティブ思考よっち社長

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飯場の子 第45話
「東海大学ラグビー部との縁」




 2015年――。 一本の電話から、僕の人生は再びラグビーと深く結びついていくことになる。

電話の相手は、日大藤沢ラグビー部時代の恩師、松久保先生だった。

「ヨシヒロ、クニが平塚でラグビー協会を立ち上げようとしてるのに、お前は何やってるんだ」

突然の一喝だった。僕は少し戸惑いながら答えた。

「先生、クニさんから僕には何の相談もないですよ」

すると松久保先生は、間髪入れずに怒鳴った。「お前から電話するんだ!」

その言葉で目が覚めた。僕はすぐに2学年上のスズキクニ先輩へ電話を入れた。

そこから一気に話が進み、2015年、平塚市ラグビーフットボール協会の立ち上げに成功する。


発足式典


さらに、前年に立ち上げた小田原ラグビー協会の流れもあり、日藤ラグビー部の同期であるフジタ氏からも様々なアドバイスをいただいた。

その流れの中で、平塚市ラグビースクールの開校へと繋がっていく。これは単なるスポーツ活動ではなかった。「青少年健全育成」、その始まりだった。



平塚市ラグビースクール


僕自身、しばらくラグビーの世界から距離を置いていた。だが、この頃から再びどっぷりとラグビーに携わる人生が始まる。いや、気が付けばラグビーに引き戻されていたのかもしれない。

そんな中、強く意識するようになった存在があった。平塚に拠点を置く強豪、東海大学ラグビー部だ。

地域のラグビーを支え、強豪大学チームを応援することも、平塚市ラグビーフットボール協会の大切な役目だと考えるようになっていた。

設立当時、ラグビー協会の副会長だった僕は、日大藤沢ラグビー部の先輩であるオザワさんにお願いをした。

「東海大ラグビー部の木村監督を紹介してください」

オザワさんは快く引き受けてくれた。そして僕は、木村監督と出会う。

木村監督は僕より5歳年上。東京の本郷高校から日本体育大学ラグビー部へ進んだ猛者だった。だが、ただ怖いだけの人じゃない。スマートな感覚を持ち、人を大切にする。情が深く、人間的魅力に溢れていた。僕は、一気に引き込まれた。


木村監督


昔から僕には悪い癖がある。「魅力のある人間に出会うと、とことん応援したくなる」のだ。木村監督は、まさにそういう人物だった。

気が付けば、僕は東海大学ラグビー部の大ファンになっていた。




東海大学ラグビー部は全国屈指の強豪校だ。大学選手権準優勝を3度経験している。だが、まだ“頂点”には届いていない。

「何とか全国優勝を果たさせたい」

そんな思いが、自然と強くなっていった。そこから、東海大学ラグビー部応援会などの活動を平塚市ラグビーフットボール協会として開催するようになった。合宿への参加、地域との交流、様々な支援活動。


応援会


そして次第に、東海大学ラグビー部の学生寮「新闘勝館」構想へと繋がっていった。


新闘勝館落成式



木村監督と筆者



東海大学ラグビー部の選手たちと触れ合う時間は、僕に多くの気づきを与えてくれた。寮生活の厳しさ、規律、仲間との絆。

彼らは、毎日真剣勝負をしていた。朝から晩まで身体を削り、チームのために戦う。その姿を見ていると、僕はいつも思った。「これは会社経営と同じだ」と。

ラグビーには「ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン(一人はみんなのために、みんなは一人のために)」という言葉がある。さらに、ノーサイド。試合が終われば敵も味方もない。

そして、“荒ぶる魂”。身体を張り、仲間を守り、前へ出る。その精神は、会社経営にも通じるものがある。

僕は、東海大学ラグビー部の選手たちから、たくさんのことを学んだ。毎年のキャプテンたちとも、色々な話をした。学生として、男として、社会へ出ていく若者として。時には人生相談のような話になることもあった。

そして気付いた。自分は、ラグビーを通じて“人づくり”に関わっているんだと。


2025関東大学リーグ戦1部優勝


木村監督から教わったことは多い。「人を育てる」ということ。厳しさだけじゃない。信頼すること、任せること、見守ること。その姿勢は、甲斐組の経営にも大きく影響していった。

僕は建設会社の経営者であり、毎日が真剣勝負である。現場もある、資金繰りもある、人材育成もある。苦しいことだって山ほどある。

だが、ラグビー部の練習を見るたび、試合を見るたび、僕はいつも背中を押される。

傷だらけになりながら前へ出る姿。

仲間を鼓舞する声、倒れても立ち上がる姿。「ああ、まだやれる」そう思わせてくれる。




東海大学ラグビー部とともに歩む人生。それは、僕にとって単なるスポーツ支援ではない。「共に戦う人生」なのだ。

まだ見ぬ全国大学選手権優勝。その夢を、僕は本気で信じている。そしてそれは、甲斐組の成長とも重なる。

人が育ち、仲間が増え、組織が強くなる。ラグビーも会社も、最後は“人”だ。

東海大学ラグビー部とともに。そして、甲斐組の仲間たちとともに。

僕はこれからも、前へ進み続ける。