飯場の子 第44話 「さらに高まる感謝の心」 | ポジティブ思考よっち社長

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飯場の子 第44話
 「さらに高まる感謝の心」




 令和5年、2023年。 僕が甲斐組の社長に就任して10年という節目を迎えた。

振り返れば、本当にあっという間だった。

飯場で育ち、親父に怒鳴られながら会社の敷地を走り回っていた幼少期。ツッパリだった中学生時代。ラグビーに明け暮れた高校時代。正式に甲斐組へ入り、親父とぶつかり続けた年月。さらに社長となり、会社を背負って歩んできた10年間。



一つとして平坦な道はなかった。

壁、壁、また壁。
人との壁、経営の壁、資金の壁、採用の壁、コロナという見えない壁。

そのたびに悩み、苦しみ、立ち止まりそうになった。





だが今は思う。 
あの壁は、すべて人生の財産だった。

令和3年、コロナ禍の真っただ中、社長就任8年目にして、僕は初めて「経営計画書」を作ることを決意した。

普通ならコンサルタントに頼むのかもしれない。 あるいは経営者団体でノウハウを学ぶのかもしれない。

でも僕は違った。 ある建設会社の社長から紹介された一冊の本が、すべての始まりだった。



そこにはダスキンの経営計画書が紹介されていた。
 「これだ。」そう思った。

その本に何度も線を引き、自分なりに大事だと思う部分を書き込み、広報の女性社員へ渡した。 「これを甲斐組版にしてみよう。」

創業者である親父の紹介から始まり、会社の理念、目標、社員への想いまで、一冊にまとめていった。 

それが今では六冊目になった。
※2026年現在

今では製作委員会まででき、幹部社員が委員長や編集長も務めて、毎年ブラッシュアップを続けている。




一度は電子版にも挑戦したが、やはり違った。 経営計画書は紙でなければ伝わらない。 机の上に置き、手に取り、何度も読み返す。 物理的な距離の近さが、人の心との距離になる。

だから紙へ戻した。そんなことも、一つひとつ挑戦しながら会社は成長してきたと思う。

振り返れば、昔の甲斐組は決して良いイメージの会社ではなかった。

近隣の建設会社が廃業した時、そこで働いていた職人へ 「うちへ来てもらえませんか」 そう声を掛けても、「いや……甲斐組さんだけはちょっと」 と断られる。

それは本当に悔しかった。

それほど「厳しい会社」という印象が強かったのだろう。 だから僕は、まず会社のイメージを変えることから始めた。

CSR活動、地域イベント、採用改革、YouTube、SNS。 地道な積み重ねだった。
その結果、今では毎年新卒社員を採用できる会社へと変わった。人が集まる会社――そんな会社へ少しずつ近づいていることを実感している。

2023年、社長就任10周年。正直、少し期待していた。 「10年間お疲れさまでした」 誰か一人くらい言ってくれるかな、と。

だが、誰からも言われなかった。本音は寂しかった。 親父との壮絶な社長交代、会社の立て直し、社員との信頼づくり。 真剣に毎日を生きる10年間だった。

その想いを、元大手建設会社から我が社にきてくれたナルシマさんへ何気なく話した。

 「ナルシマさんさ、俺、社長10年なんだよね」

その年の経営計画発表会が滞りなく開催され、閉会になった時だった。 

司会が突然、「まだ一つあります」と言った。

すると突然、幹部社員全員が前に並び、歌い始めた。

 「甲斐組節」。




土木魂を歌詞に込めた応援歌だった。 

いつの間にか皆で作り、練習し、僕に向かって大笑いで歌ってくれた。

続いて、僕のアシスタント社員のヤマグチさんから花束の贈呈。 

経営計画発表会は、いつの間にか僕の10周年記念式典へ変わっていた。 すべてナルシマさんが裏で動いてくれていた。

スピーチでは、親父との戦い、社長になってからの日々、そして何度も心が折れそうになった時、そばで支えてくれたオギノ副社長やヒロユキ専務、幹部、社員への感謝を伝えた。 

涙で言葉をつまらせながら、感動と感謝、「ありがとう」という言葉を噛み締めた。

社員は、僕にとって宝だ。 会社経営は苦しい。眠れない夜もある。 

だが、一番の財産は社員である――それを確信した出来事がある。

ある三連休の中日。 前日の大雨で施工中の現場の歩道が崩れてしまったのだ。 雨上がりの朝、元請けの監督から一本の電話が入った。 「なんとかなりませんか!」と。

土木部長が声を掛けると、7人、8人の社員が休日にもかかわらず急ぎ集まってくれた。 汗だくになりながら午前中で復旧をおこなったのだ。その姿を見て、元請けさんはどれほど安心しただろう。

現場へ出向き、僕は汗だくの社員たちへ言った。

 「会社は信用で成り立っている。今日みんながやってくれたことは、お金では買えない価値なんだ。ありがとう」

そして部長へお金を渡し、「このあと、みんなに飯を食わせてやってくれよ」と言い残した。 

これが甲斐組のチカラだと肌で感じた。

僕は社員だけではなく、その家族も大切にしたいと思っている。 社員の誕生日には商品券、奥さんには花とカード。 結婚祝い、出産祝い、子どもの入学祝い。 

子どもの進学で困ればお金も貸すし、生活に困れば一緒に考える。

社員の一人がカードローンを払えず給与差し押さえ寸前になったことがあった。僕はすぐ会社で立て替えた。「こんなことになる前に相談しろよ」本気でそう伝える。

会社は利益を出す場所であるが、人を守る場所でもある。そして、その安心は家族へ伝わる。 奥さんが「いい会社だね」そう言ってくれれば、社員はもっと会社を好きになる。

奥さんの中には、専業主婦の人もいて、夫の汚れた作業着を洗ってくれている人がいる、そのおかげで、社員は毎日仕事ができるんだという思いがある。 

そうしたことも、本当の企業文化だと思っている。

まだまだ挑戦は終わらない。 働き方改革、地域活動、ラグビー、人づくり。全部、今も続いている。 一緒に挑戦してくれた社員は、もう社員ではない、戦友なんだ。

いつか僕も社長という立場を誰かへ託す日が来るだろう。

だが、それで終わりではない。その時から僕は、感謝を伝える役目になる。

社員へ、家族へ、地域へ、子どもたちへ、そして未来へ。
飯場の子として育った僕は、多くの人に支えられてここまで歩いてきた。 だから、甲斐組という会社の礎となり、地域の礎となり、次の世代の礎となる。 

そんな人生を送れたなら、それ以上の幸せはない。

一年一年、現場を一つひとつ積み重ねるたびに、「ありがとう」という言葉は、僕の中でさらに大きく、さらに深くなっていく。

「感謝」こそが、人を育て、会社を育て、人生を豊かにする。 

僕は、そう信じている。