もう試験シーズンだからさ:
Lolita に関して、いいカバーなんてこれまで一度も存在しなかった。
しかも、いいカバーなんて不可能だ。 説明して。
【ナボコフが表紙について実際に課してた条件が
「女の子が載ってないこと」ただそれだけだった】
それ、ハードル低すぎ
歴史上いちばん無視されてきた『著者のお願い』
最悪レベルってわけじゃないけど、かなりひどい例だよ
たぶん実際は、まったく関係ない美術作品の絵を、表紙に流用してるだけだと思う。
まだもっとひどいのがある。
私の持ってたやつは、若い女の子の脚の白黒写真が載ってて
それが長い間いちばん出回ってた版だった気がする。
それはまだいい方だよ
OK...質問がよく分からなかったってことか。いい感じのビジュアル表紙って何かあった?
許されるロリータの表紙って、だいたい
タバコのパッケージみたいに見えるやつだけなんだよね
内容が誤解されないんだから、そっちの方がまだ良いよ
この本の中でドロレスは12歳。映画化や関連アートでは
不気味さを減らしてもっとワクワクする感じにするんだ、最悪。
これは、卑劣な男が、信頼できない語り手である本です。
カバーには卑劣な男が描かれるべきです。
でも『コージー・ザ・コーワードリー・ドッグ』のフリーキー・フレッド
あの変な理髪師いるよね
表紙があのフレッドのフリーキーな笑顔みたいな雰囲気の絵だって想像してみて。
だってこの本、病んだ悪役の視点から書かれてるから。もし、その顔が表紙だったら…
ウッ……!
あれ、かなり見た目がひどいけど、少なくとも失礼だとか誤解を招く内容じゃない。
活字でそのまま書くのが、この本には一番いいって思うよ。
(イメージとしてはこれが正解で、これが語る文章が内容ってことだよね?知らなかった)
(そしてこういうバージョンも販売されてるのも知らなかった)
(結局、原作者のお願いに1番近い風景写真か活字のみが良心的な表紙という結論になると思う)
ヴラジーミル・ナボコフの『ロリータ』」って表示を上から載せるだけで、
写真がけっこう台無しになるよ。
これは文学の傑作。気味が悪くて、嫌な主人公が出てくる本だ。
ナボコフ本人も、自分の作品の主人公がやった行動には反対してた
この本の中でドロレスは12歳。映画化や関連アートでは、不気味さを減らして
もっとワクワクする感じにするために、彼女を年上に見せるんだ。最悪。
【歴史上いちばん無視されてきた『著者のお願い』だ。】
How the Publishing Industry Failed "Lolita"
(as told by terrible book covers)
本知らないんじゃない?
「ロリータ」なんて名前はないんだよ。
それって主人公のハンバート・ハンバートがドロレスのことを呼ぶ呼び名で、
ほかの誰も彼女をそうは呼ばない。
彼は彼女を彼女として見てないんだよ。代わりに、自分の頭の中にある理想をみる
この本は、主人公が子どもに対して抱く執着の話。
焦点なのは彼女じゃなくて、主人公の心のあり方(心理)だよ
女の子を表紙に載せると、それが読者を惹きつける存在として見なされるようになって
女の子がもの扱いされるのが原作者は嫌だった。
彼女が主題じゃないんだよ。
この本はそもそもドロレスの名前が付いてるわけじゃなくて、
ペドフィルが彼女の為に付けた『あだ名』がタイトルになってる。
この本は、主人公が子どもに対して抱く執着の話。
焦点なのは彼女じゃなくて、主人公の心のあり方(心理)だよ
海外掲示板
書籍の話
引用
これ見てたら、キューブリック版が原作に忠実かは分からなくなって来た
そもそも原作に忠実ってキューブリックの下手分野な気もして来た。
これが原作で
原作の特徴
原作小説:言葉の魔術と「信頼できない語り手」
ナボコフの原作は、ストーリーそのものよりも
「英語という言語を極限まで操った文体」に最大の価値があります。
物語は一人称で描かれ、少女の見解はいっさい示されていません。
主人公ハンバートは、極めて教養が高く、美しい言葉で
自分の犯罪を正当化しようとする「信頼できない語り手」です。
ラインのアイデアは「嘘つきの語り手 創作者」彼は自分が怪物だとは思っていない。
彼は恋をしている男のように見える、だからなんでも美化する。それが欺瞞(罠)だ
キューブリックの時代に原作者は生きていて、彼の具体的に描かないアレンジに共感していた。
自分でも映像化するならば、そのようにするだろうと
しかし1997年版では時代が変わり、原作者はもうこの世にはいなかった。
書籍では主人公の一人称で物語が書かれている。
書籍と映画。1962版と1997版。
どちらも素晴らしい作品だが、それぞれ個別の映画として鑑賞すべきだ。
それぞれに伴うあらゆる不快感。これは次のことを表している。
スペインの解説。
としたらあのポストカードがファッショナブルに見えるようじゃ
原作者の意図の真逆ってことになりそうじゃない?
そんな感じで別の意味でモヤモヤして来たよ。
原作の特徴
原作小説:言葉の魔術と「信頼できない語り手」
ナボコフの原作は、ストーリーそのものよりも
「英語という言語を極限まで操った文体」に最大の価値があります。
物語は一人称で描かれ、少女の見解は、いっさい示されていません。
主人公ハンバートは、極めて教養が高く、美しい言葉で
自分の犯罪を正当化しようとする「信頼できない語り手」です。
読者は、彼の圧倒的な文章の美しさに、幻惑されそうになりながらも
「いや、彼が言っていることはすべて、自分に都合のいい言い訳ではないか?」という
文学的な罠(心理戦)を、読書体験として味わうことになります。
AIによる解説。
あ、そうか。ちらっとでもこれが
美しく見えたり、ファッショナブルに見えてる時点で
文学的な罠に引っかかってる状態なわけか!なるほど。
そんな感じで、じゃあ、また。
