前回の記事で、みなさんもなんとなく『問題点』がご理解頂けたかと思います。
今回は『安楽死の定義』に基づいて、少しみなさんで考えて行きたいと思います。
<安楽死の定義>
『死期が切迫した病者の激しい肉体的苦痛を病者の真摯な要求に基づいて緩和・除去し、病者に安らかな死を迎えさせる行為』であると定義出来るかと思います。
この定義には『安楽死』と言う土俵に上がりうる為の基本的要件があります。
①死期の切迫性(7日~10日と考えられています)
②激しい肉体的苦痛の存在
③病者の真摯な要求
これら3要件が揃ってはじめて『安楽死』の土俵で議論する事が出来るのです。
(「安楽死」を決定するものではありません。あくまでも、議論が出来ると言う事です)
従って、もし患者が「末期」(正確的には死期が切迫した状況)でなかったり、精神的苦痛だけで肉体的苦痛の訴えがなかったり、何よりも本人が真摯に苦痛緩和・除去を要求していなかった場合などに、医師や家族だけの判断でその患者の生命を絶つとすれば、それはその患者の『生存権』を直接奪うだけに、刑法上も大きな問題となります。
オランダなどでは「精神的苦痛」だけでも、安楽死を認める方向にあるが、精神的苦痛は流動的部分があるだけに、それ自体を要求とするべきではないとされています。
また、『単なる同情だけで死なせる行為』は「慈悲殺人」であり、安楽死ではありません。この辺りを区別しておかないと、情の深い人ほど安楽死をさせやすくなると言う事になってしまいます。
さて、これまでの事を踏まえ、みなさん裁判官になってみて下さい!
(以下に記す裁判例は、実際に日本で争われた判例です。)
<事例①>
脳溢血で倒れ、半身不随となった母親の願望を容れて、息子が青酸カリを飲ませて死亡させた事例。
(ポイント)
①母親に激烈な肉体的苦痛があったとは認められない。
②精神的苦痛の除去を望んでいた。
あなたの裁判官としての考え(有罪or無罪:理由)などをコメント頂ければと思います^^
上記判例の判決は次回にお話します。
次号以降、しばらく事例に基づいたお話をしたいと思います。