誰かの為に

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今日はクリスマスイヴですね。

みなさん素敵な1日をお過ごしください。



別にクリスマスと言っても、


サンタの恰好をしてる太陽が昇るわけじゃありません。


いつも通りの日の出で、

いつも通りの朝を迎えてるはずです。


しかし、


なんとなく気持ちはウキウキしませんか?


なんとなく空気感がクリスマスモードになっていませんか?


街が、世間がクリスマス仕様になってるせいもありますが、


これら全ては「気の持ちよう」なんです。



この「気」と言うのは、


内から外に放出されるものです。


だから、なんとなく暗い重い「気」を放出してると、


周囲がそれに気が付くのです。


そして、


その場全体の空気感が暗く重くなってしまうのです。


全員が常に明るい「気」を放出していれば、


きっと色々なマイナス要素が省けると思います。



何事においても、


最初に踏み出す1歩と言うのは、


後の100歩、1,000歩よりも重いです。



逆に言えば、


最初の1歩さえ踏み出してしまえば、


きっと2歩目以降は軽くなる事でしょう。



その為、


まず踏み出してみると言うのは非常に大切です。



しかしこれは、


踏み出してから考えればいいや!


と言う意味ではありません。



踏み出す勇気を持つようにしましょう!


と言う事です。



踏み出しちゃえば後はなんとかなる!


と言う事ではなくて、


潜在意識の中で「なんとかしよう!」


とするからです。



無意識の中でなんとかしようとするわけですから、


それが結果的に「なんとかなった」になるだけです。



後々、振り返った時に、


最初の1歩はさほど重くなかったと思うはずです。

どうしても他人(周囲)と自分を比較しがちです。


それは学校でも職場でも。


しかし、


本来は基準が違うモノを比較しても全く意味はありません。


そもそも親が違う時点でDNAが違います。


育った環境も違ければ見てきたモノも違います。


教えられた事も違うし受けた教育も違います。


むしろ、


共通の基準を見つける方が大変です。



「なんで私はボルト選手より遅いのだろう・・・」

「なんで私は羽生選手より下手なんだろう・・・」


こんな事で劣等感を持つ人はいません。


それは、【全てにおいて基準が違う】と知ってるからです。


比較しても意味がないのを知ってるからです。



でも周囲と比較するって基本的にこう言う事だと思います。


自分らしさで良いじゃないですか。


自分らしさが大切だと私は思います。

大きな夢や目標を持つ事はとても大切な事です。


しかし、

目標設定位置を誤ってしまうと、

挫折に繋がり易くなってしまいます。


目標は壁の上では無く、

階段の上に設定してください。


ようは、

最終目標に至るまでの間、

細かい目標を設定するのです。



【来年の夏までに10㎏のダイエット】を目標設定します。


よし!5か月で10㎏ダイエットしよう!←(これは壁の上です)


よし!1か月で2㎏ダイエットしよう!←(これは階段の上です)


前者も後者も最終目標には変わりはありませんが、

前者は10×1ですが、後者は2×5です。


漠然と目標設定するよりも、

「まず何をするか?」「次に何をするか?「その次は・・・」

このように1段ずつ階段を上っていくイメージです。


いきなり食事制限や運動を開始するよりも、

「まずエレベーターやエスカレーターを使うのをやめてみよう」

「まずは毎日体重と体脂肪を計ってみよう」

「次は糖質を抜いてみよう」

「その次は夕食を早めに済ませよう」「夕食は野菜を食べよう」



今回は分かりやすくダイエットを例にしましたが、


何の目標でも後者の方が達成率は高いと思います。

見た事もないモノを目の前に置かれ、

これは何に使うモノだと思いますか?


そう問われた場合、


多くの人は実際にそのモノを手に取り、


上から見たり下からみたり、


回して見たり、あるいは重さを予測してみたり。


とにかく【何だろう】と色々と考えると思います。


でもそれは実際に目に見えているモノだから可能なのです。


目に見えないモノでも同じです。


1つの方向、1つの考えに捉われる事無く、


とにかくあらゆる角度からその物事を見つめて下さい。


悩みがある時、困難にぶつかった時、乗り越えなければならない時・・・


もし一人では難しい場合、誰かに相談して下さい。


自分では想像もつかない角度にヒントがあるかもしれません。

【失敗は成功の基】とよく言われます。


この言葉、多くの方は意味を理解している事でしょう。


「失敗してもくよくよするなよ!」

「失敗は成功に繋がるから気にするなよ!」


こんな風な意味に最も多く使われているかもしれません。


しかし、


<もと>と言う漢字は「元」では無く、「基」と書きます。


つまり・・・

失敗した基盤を考えなければならないと言う事です。


なぜ失敗したのか?どこに原因があったのか?と言う事です。


この失敗した「基」を追求し経験として蓄積させるのです。


このような蓄積が、後の成功に繋がると言う事です。



年齢を重ねていくと、


失敗に対して非常に臆病になります。


これは年齢と共に蓄積された様々な経験や知識が、

かえって邪魔をするからです。


でも、本当に危険なのは、

失敗すら出来ない事だと私は思います。



人生100年経っても初体験は無くならないそうです。


新しい事へのチャレンジ!


是非、勇気を持ってみてはいかがでしょうか。

会社と会社、
上司と部下、
先輩と後輩、
自分と家族、
自分とペット・・・

このようにどんな関係においても、
対象が居れば発生する関係です。

そして信頼関係が一番重要と言っても過言じゃありません。

『はじめまして』
全てはここから始まります。
信頼関係など微塵もありません。

この人はどんな人なんだろう・・・
それが次第に、
この人の為なら何でもしてあげよう!

それが「信頼関係」です。

では、どうすれば信頼関係が成り立つのか?
より多くの時間を共有すれば構築出来るものなのか?

多くの時間を共有すれば成り立ち易くはなるでしょう。
しかし、ポイントは多くの時間共有ではありません。

どれだけ相手を想い、
どれだけ相手の為に、
どれだけの【思いやり】を注げたか?です。

基本的に相手にとって、自分は数人の一人にしか過ぎません。

歌にもあります。
その数人のナンバーワンになる必要はありません。
しかし、オンリーワンになる必要があります。

「ああ、この事はあの人にお願いしよう」
「この事はあの人にしか頼めない」
「きっとあの人にしか出来ないだろう」

相手がこのようになれば信頼関係を深めるチャンスです。

そしてこの依頼に対して、
相手が満足の解決が出来ればそれはベストです。

しかし、毎回解決出来るほど上手くもなく甘くもないです。

重要なのは、相手の為にどれだけの思いやりが注げたか?です。
有償ではダメです。無償でなければなりません。

つまり・・・
相手の事を考え、自分の知識や経験、自分の繋がりを最大限に活用し、
努力と時間を惜しまずにいかに相手の為に必死になれるかです。

そこに割いた時間は決して無駄にならないはずです。

そんな努力がいつか思わぬ形で自然と戻って来るでしょう。

まぁ、私は性格柄、無縁なタイトルだとは思っているのですが、

なにせこの数ヶ月で比較的近めの人が二人も亡くなった・・・。


そうなると少し考えさせられる。


「自殺出来る勇気があれば何でも乗り越えられるのでは?」

昔は↑こんな風に考えていた。


人それぞれ理由は違えど、なぜ自殺者が増えたのだろうか?

そこには非常に根の深い問題があると考えている。


大きな原因が「精神面の弱体化」にあるのではないだろうか・・・

そうは言っても、それは決して本人が悪いわけではない!むしろ社会に原因がある!


では、なぜ精神面が弱体化してしまったのだろうか?

これには複数の原因がもつれた糸のように絡み合っている。

それらが共鳴し合い、循環を作り、とにかく直ぐに解決出来る問題ではなくなってしまっている。


その「もつれた糸」を少し解いてみよう。。。

①通信機器の発達

②核家族化

この2つがかなり根が深い!!!


一見、因果関係は無い様に思われる。

しかし、少なくてもこれらが悪循環の根源になっている事は間違いない。


次回はこの悪循環について、少しお話したいと思います。

『もし、あの時・・・別の道を歩んでいれば・・・』


こんな思いは誰もが経験する事でしょう。

しかし、別の人生を覗いてみる事は出来ません。

だからこそ、自分の選択に自信を持たなければならないのです。


「間違っていたのかもしれない・・・」

そう思う事は避けられません。


だからこそ、それと同時に、

「間違っていなかったのかもしれない・・・」

と思うようにしなければならないのです。


人は選択肢を与えられた時に『何か』の判断を持って選択します。

「自分の利益」であったり、逆に「思いやり」であったりと、その「何か」は変化します。


ですから、

「間違っていたかもしれない」と思う事は、

選択をした時点からの『未来の虚像』に過ぎないのです。

つまり、「選択をした時」と「現在」とでは「状況」「心境」「環境」・・・

その他色々なモノが違うからです。


別の道を歩んでいれば・・・と考えるなら、

今歩んでいるのが、その「別の道」なんです。









結局、労働者は時間を売っているわけで・・・

いくらで売れるのか?その価値を上げる為にまた時間を売る。


人生一度しかないのにそんなにいっぱい売ってしまったら・・・。。。

と、最近よく思うようになった。


『友人・お金・時間』

この3つ、何が欠けても、それなりに幸せでは無い。

ただ、強いて言うのであれば、「お金」が欠けても残りの2つがあれば、

それなりに幸せなんじゃないだろうか。


やはり時間はそう簡単には売れない代物だなぁ~・・・