
秋葉原
「中部の学校は就職に有利」自信満々加藤容疑者 「わたしの知っている加藤君と事件が結び付かない。何が彼をあそこまで追い詰めたのか」 逮捕された派遣社員加藤容疑者が高校3年生の時に担任だった50代の男性教員は、7年前の印象との違いに困惑し「謝罪できる人間らしさを取り戻してほしい」と苦渋に満ちた表情で語った。 青森県屈指の進学校、県立青森高校。医薬科系の大学志望者が多いクラスだったが、既に進学志望先を岐阜県にある中日本自動車短大に決めていた。進路相談の際には「将来の夢は自動車のエンジニア。中部圏の学校に行けば、トヨタなど自動車メーカーへの就職が有利だ」と自分の選択を自信たっぷりに語ってみせた。教諭は「決して学力的な問題などで挫折したわけではない」と振り返る。クラスの中では「目立たない」印象だったが、1、2年生の時のクラスメートとも頻繁に行き来し、将棋部の活動で快活な表情も見られたことから「社会に出ても大丈夫」と思っていたという。
今年に入り、続発している通り魔や無差別殺傷事件。東京都品川区の商店街で1月、少年(17)が5人を切りつけたのを皮切りに、3月には茨城県土浦市のJR駅周辺で無職の男(24)が8人を刺し、2日後にはJR岡山駅で少年(18)が県職員をホームから突き落として殺害した。「誰でもよかった」。どの容疑者もこう供述し、東京・秋葉原の17人殺傷事件で逮捕された加藤智大(ともひろ)容疑者(25)も同じ言葉を口にした。理不尽な犯行に駆り立てるものは何なのか-。
オウム真理教教祖麻原彰晃が逮捕されて、裁判前、始めて約3週間ぐらいの取り調べをした担当官は、
全ての取調べをした後で麻原彰晃についてこう述べている。「麻原は、事件に関係ない世間話や冗談には
応じたが、事件の核心に迫ると口を閉ざした。しかし、取調べをしているうちに彼が社会に対して強い憎
悪の念を持っているのを感じた。」
そして麻原は長野で、東京の地下鉄でサリンを撒き、無差別殺人を起こした
麻原は2004年に死刑判決を受け、何故サリンを撒いたのか、そして「社会に対する強い憎悪とは何な
のか」、目が不自由な麻原は“松本智津夫の時代に社会から何をされたのか”という動機・原因は解明
されないまま幕を閉じようとしている。
そして、今回の事件の丁度7年前(2001年6月8日)、宅間守(37)が小学校に突然押し入り、小
学1年・2年生の児童8名を出刃包丁で殺した「大阪教育大付属池田小(大阪府池田市)児童殺傷事件」
犯人宅間守は裁判での証言でこう言っている
【弁護側が「(精神病院への)入院をきっかけに考えが変わったか」と質問すると、「(入院が必要なくなったときに)出してくれていたらこんなところに座っていない。世の中のやつは全部敵や」】
【無差別殺人の計画は事件前夜に思いついたと説明。大阪教育大付属池田小学校の事件も含め、ダンプで大阪・戎橋に突っ込む方法や拳銃で女子高を襲撃する方法、空港でスチュワーデスらを無差別に刺す方法などを考えていたという。なかでもダンプでの計画に関しては「(事件)前夜に戻れるならダンプにしてるやろな。その方が5、6人はねた段階でスリップするとは考えられんし数もいけたと思う」と話した。】
結局、「早く死刑にしてくれ」という宅間守の意見どおり、どうして小学生児童を殺したのか、「世の中
のやつは全部敵や」と言う言葉はどういう意味なのか、世の中から何をされたのか、全く動機・原因の究
明をすることなく、宅間守は謝罪も何も語ることなく死刑になった。
そして、今回の秋葉原無差別殺人事件。犯人の派遣社員加藤智大(25)は取調べに対し、「人を殺すた
めに秋葉原へ来た。世の中が嫌になった。誰でもよかった」と供述。その上で「やったことは分かってい
る。事実は隠さないで話す」と述べている。今は泣きながら生い立ちなどを話していると言うことだが、
「誰でもよかった」という社会全体に対する強い憎悪の原因は死刑の前に解明されるのだろうか。