ミラノ・コルティナ五輪も後半戦。
連日「全集中の呼吸」で画面に釘付けですが、
今大会前半戦で最も心に深く刻まれたのは、間違いなく男子フィギュアスケート、マリニンの悲劇でした。
圧倒的王者の「まさか」
アメリカのイリア・マリニン。
2023年11月以来、2年以上も無敗。個人戦14連勝中という文字通り「絶対王者」としてこの地に乗り込んできました。
ブックメーカーの優勝オッズは1.05倍。2番人気の鍵山選手が13倍だったことを考えれば、世界中が彼の勝利を確信していたと言っても過言ではありません。
大学入試に例えるなら、高1から直前模試までずっと全国トップのA判定。
それなのに、本番で信じられないミスを連発して不合格になる――そんな悪夢のような出来事が、目の前で起きたのです。
テレビの解説者が演技中に「彼がミスをするところなんて見たことがありません」と絶句するほど、信じられない光景でした。
「コケ」よりも残酷な「抜け」
私は以前の記事で、鍵山選手の金メダルの可能性を「20%」と予想していました。
その前提は「マリニンが2回コケたら」というものでしたが、現実は予想を遥かに超えていました。
実際は、鍵山選手もミスをしたので、2回コケたくらいだったら金メダルは取れていました。
しかし、結果は、2度の転倒(コケ)に加え、2度の「抜け」。
フィギュアの世界では、転んで着氷に失敗するよりも、回転そのものを失敗してしまう「抜け(パンク)」の方が点数へのダメージは甚大です。
4回転半が1回転になれば、基礎点はほぼ消失します。
5種類の4回転を完璧に操る神が、5回のジャンプのうち4回をミスするという、まさに歴史的な大番狂わせでした。
敗因の分析:不運とプレッシャー
マリニンの素晴らしい演技を見せようと、早朝、聖子を叩き起こして二人で生観戦していましたが、終わった瞬間はマリニンがあまりに気の毒で、呆然と見つめ合うしかありませんでした。
私は、「団体戦の代償」が大きかったと考えています。 金メダルのシャイドロフ(カザフスタン)は団体戦不出場、銀の鍵山選手はSPのみ、銅の佐藤選手はフリーのみの出場。対するマリニン選手は、金メダル獲得のためにSP・フリー共に全力投球せざるを得ませんでした。
さらに、表彰式での不手際で全選手のスケート刃が損傷するという前代未聞の事件もあり、調整に狂いが生じた不運もあったはずです。
しかし聖子は、「そんなことよりも、オリンピックの魔物。プレッシャーだ」と言い張っていました。
そして、試合後のマリニンの口から語られたのは、残酷な真相でした。
長くなりますが、インタビューを引用します。
「正直なところ、まだ何が起きたのか自分でも整理がついていません。感情が入り混じっています。この大会に向けて、今日一日ずっと調子は良かったですし、手応えもありました。いつも通り、自分が積み重ねてきたプロセスを信じて滑ればいいだけだと思っていました。でも、やはりここは他の大会とは違います。オリンピックです。内側から湧き上がるプレッシャーや緊張感は、実際にその場に立ってみないと分からないものだと思います。とにかく圧倒されてしまい、自分で自分をコントロールできていないような感覚でした」
「現時点では、はっきりとした原因は分かりません。あの瞬間は、緊張だけでなく、氷の状態も自分の理想とは少し違っていたように感じました。ですが、それは言い訳にはなりません。どのような状況であっても、僕たちは滑らなければならないからです。ですから、それは言い訳として言いたくはありません。ただ、とにかく緊張に圧倒されてしまったんです。スタートのポーズに入った瞬間、これまでの人生の辛かった記憶が頭の中を駆け巡り、ネガティブな思考でいっぱいになってしまいました。うまく対処することができませんでした」
「始まる前です。先ほど言ったように、スタートのポーズにつく直前、ネガティブな思考や過去の辛い経験がドッと頭に押し寄せてきました。色々なことを経験してきましたが、決して簡単なことではありません。オリンピックの金メダル候補として期待されることは、僕の年齢にとっては、本当に大きな重圧でした」
「正直、自分でも分かりません。最初の4回転や、いくつかの4回転は理想的な感触でした。十分な準備ができているという自覚はありました。それでも、やはり処理しきれないほどのプレッシャーがあったのだと思います。あの瞬間、実際に何が起きたのかはまだ分かりません。ただ一つ言えるのは、自分のベストなスケートではなかったということ。予期せぬ結果でした。終わってしまったことは変えられません。変えたいとは強く思いますが……。ここからは、自分を立て直し、次に何をすべきかを考えていくだけです」
「いつもと同じです。『このためにトレーニングを積んできた』『何千回も練習してきたんだから、他の大会と同じように滑ればいい』と言い聞かせていました。でも何かが違っていて、それに気づいたのはプログラムが終わってからでした」
一発勝負の残酷さ
「とにかく、緊張に圧倒されてしまった。何千回も練習してきた。なのに、何かが違っていた。それに気づいたのはプログラムが終わってからだった」
彼の絞り出すような言葉に、胸が締め付けられます。
練習で何千回成功させてきても、4年に一度、わずか数分の「本番」で出せなければ報われない。
あれが彼の実力ではないことは、ライバルも観客も、世界中の誰もが知っています。
それでも、金メダルはあの極限の場で実力を出し切った者にしか与えられない。
スポーツの神様は、時にあまりにも残酷なシナリオを書き上げます。
一発勝負の怖さを改めて思い知らされました。
しかし、彼は21歳。
ネイサン・チェンも最初のオリンピックはボロボロでしたが、リベンジしました。
次回のオリンピック、人類史上初の5回転を決めてリベンジする姿を楽しみに待ちたいと思います。
