デリーからダラムサラへ
デリーのパハルガンジでゆっくりしてた
奮発して、Rs500のダブルの部屋。
病院行ったり、動物園行ったり、部屋でフルーツ食べて、屋上でダラダラしたり。
やっぱこのままじっとしててもだめだなー
というわけで
わたしが行きたかったダラムサラへいくことに。
オールドデリーからの夜行列車でダラムサラ近くのパタンコットまで。
ザックを背負って歩くと頭の傷口が痛む。
列車に乗り込むと、わたしたちのスリーパーの座席の中段に、サドゥーが横になっていた。
驚いていると、にんまり笑っていた。
オレンジの袈裟が薄暗い列車のなかで浮き上がっているようだった。
しわくちゃの顔の奥には、やさしい瞳があった。
欧米人のおばさんにやんややんやと言われ
席を移動し、インド人たちがしているポーカーを覗き込んでいる様子がなんだか面白かった。
人がたくさん乗り込んでくるといつのまにかいなくなっていた。
北へ北へと上がっていくにつれ、寒い。
2月のデリーも寒かったけど、夜行列車の夜はさすがに冷え込む。
わたしはブランケットを巻きつけ、靴下を履き、少ししかない上着を着込む。
けんちゃんはさらに薄着で、わたしは彼が凍ってしまわないかとても心配だった。
無事にパタンコットまで着くと、ダラムサラまでのバスに乗り換える。
駅でリキシャに囲まれたけど、臙脂色の袈裟を着た僧侶たちのあとに着いていくと
すぐ近くにバススタンドはあった。
山道をガタゴトと登っていくバスは、ふたりで倒れやしないかとひやひやしていた。
けんちゃんは「バスがパタンコットとなる」とか、くだらない冗談を言うけど
もうそんなの冗談にならない。
山の途中で、山の向こうから来るバスと山道ではすれ違えないため
手前の広場で、しばし止まる。
トイレがないので草むらで。
ためらっていると、けんちゃんから早くしろって
草むらを指さされてちょっと怒られた。
そのあとで、わたしの包帯巻いて、フードをかぶっている姿が
まるで子どもみたいだって、いっぱいいっぱい笑っていた。
バスも動き出し、ダラムサラに着き、マクロードガンジまでのバスに乗り換え、
ようやく、最初のゲストハウスに着いた。
しごと
しごとが始まってます
研修は3月から
いろいろとすることが多くて
日々、ばたばたと過ぎてく感じ。
はやく毎日のペースをつかんで
趣味を充実させたい
はやく給料もらいたいなー
インド日記続きかきたい
ゆっくりと
こんな毎日のなかで
実家にいきなり
以前お付き合いしていたひとが訊ねて来たことを母にきく。
大阪から大分に。
わたしは奈良にいるのよー
2年も連絡とってないのに
住所をたどって実家まで。
名前を名乗らず
え?だれ?だれ??
母からきき、心あたりないなーっていってたら
ふと 実家の住所を教えた人物で
背格好の特徴にあてはまる人って
まさかあいつかーー?
確かめてみなきゃ、だれか気になるしってことで
前の旅日記を引き出して
電話。
なんかそんなこんなで衝撃的かつ動揺しました
考えすぎて
わからなくなってきてしまった
離れているのはつらい
しかし、彼がそれを気にして思うように動けないのはもっとつらい
では
自分から距離を置いたほうが彼のためになるのではないか
ああ
もうきっとあんなひとはいないんだ
失いたくはないけれど