私の名前はラモスビィンセントダヒル。 | じぇいにっき。

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適当に書きます。

どうも、私です。じぇいです。



自伝書
〜地獄の特訓編〜


幼稚園時代




私が日本に来たのは

5才くらいなので

数ヶ月間日本の暮らしを
満喫、洗礼を受け

幼稚園時代に突入します。


親戚の子、M坊も
私と同い年なので

親戚の家に立ち寄ってから
幼稚園に通っていました。


日本に来て、日本の社会に
初めて出たわけですが

そこで立ちはだかるは


言葉の壁です。



と、言いたいところですが


幼稚園というのは
ジェスチャーで何とか
通用する世界でしたので
特に困ったという記憶はありません。



ただ、一応外人でしたので

自分をme、相手をyouと
呼んでいた時期が私にもありました。



と、それくらいでしょうか。



ああ、それから。



そのくらいの時です。

私が教官に名を授けて頂いたのは。



私には

ラモス・ビィンセント・ダヒル

という旧名と

別名、ピンポン

という名前がありました。

ラモスとダヒルが名字にあたり
ビィンセントが名前。

ピンポンは呼び名?のような
そんな名前です。



名前はビィンセントですが
誰かに呼ばれる時はピンポンです。



あれは私たちが寝静まった頃です。


親戚の方が家に来ていて
父と話し合いをしていました。


その声で目が覚めた私は
目を瞑ったまま話を聞いていました。




で、2人の名前は決まったの?


うん。決まった。

ピンポンは

明るく元気な子に育ってくれるように


(ひかる)

にしたよ。


父が私に名を授けた瞬間です。


その日から私は

ピンポンではなく
光として生きることになります。



これは実際に私の名前なのですが

父に対して
1番感謝している部分が

私の名前です。

それくらいに
この名を気に入っています。



ーおしまいー