20年以上前,まだ私が現役の外科医の頃の話だ・・・
外科手術の後に,抗生物質の点滴を朝夕2回,5〜7日間,
当たり前のように行っていた時代があった.
例えば,胃がんの幽門側胃切除後にセフェム系抗生物質を
1グラム朝夕2回点滴・5日間連続投与・・といった感じだ.
術後感染症予防を目的とした抗生物質使用なのだが,
術後5〜7日間に及ぶ抗生剤投与に疑問を持つ外科医は当時
誰もいなかったし,その“てんこ盛り”で抗生剤を使うことが
世の中の常識であった.
そうした中,私が癌研究会附属病院・呼吸器外科グループに
在籍していた時,術後の適切な抗生剤投与量を探る目的で,
ある若手医師発案による二重盲目試験が行われた.
あれよあれよと肺葉切除術後の抗生剤投与日数が減っていき,
最終的に癌研の標準肺葉切除後の抗生剤投与は術中に1回キリ.
しかも一番安価なペニシリンでOKという結論に行き着いた.
(当時の話で,今はどうなのかわかりません)
日本のがん診療をリードする癌研病院からの報告ということも
あったのか,学会のシンポジウムでも頻繁に取り上げられ,
あっという間に全国に広がり,術後抗生剤投与日数はガッツリ
短縮された.そして,早い段階で医学参考書にも掲載された.
当時の製薬会社のMR(医薬情報担当者)から
『癌研さんが,あんな発表したもんだから,抗生剤の売上が
ガタ落ちですよ.でも,二重盲目試験の結果だから
反論のしようがなくて・・・』と恨み節を聞かされた.
まぁ,術後“てんこ盛り”抗生剤の売上が単純計算で1/10以下
になったわけだから,商売としては,恨み節の1つくらい
出るのも仕方ないか.
【注:念の為「術後感染予防抗菌薬適正使用のための実践ガイドライン」で
最近の動向を確認してみたが,いまやルーチンに5〜7日も術後に
抗生剤を使用する手術はないようですね.】
さて,なぜこの話をしたかというと,ここで抗生剤を抗がん剤
に置き換えて想像してみるといい.臨床試験で抗がん剤減量
OKなんていう結果が1つでも出ようものなら,製薬会社に
とっては抗生剤同様の最悪の展開になるかもしれない.
昔,がん休眠療法提唱者の高橋豊先生が発案・企画した,
JCOGの進行胃がんに対するTS1という抗がん剤単独と,
TS1に低用量のイリノテカンという抗がん剤を併用した
ケースを比較した無作為第二相試験があった.
結果は、腫瘍縮小効果はわずかながらも増加し(21.8%対27.8%),低用量イリノテカンは副作用は激減させた.
個別化投与を行う群が、縮小効果においても、副作用に
おいても優位であり、通常ならば第三相に進むのが普通で
あったが,ここで摩訶不思議.データの絶対値が低い(?)
という非科学的な意見で第三相試験に進むことはできなかった
とのこと.(痛恨の極みだったと:高橋豊先生談)
話を聞く限り,あくまで憶測であるが,当時,がん休眠療法の
第III相試験を邪魔する力が働いていたように見える.
最初に抗生剤の例を挙げたが,理由の1つは,
「推して知るべし」といったところか.