俺がコーンとして最上さんの手帳にメッセージを書いて送った日から、約2週間が経過した。
最上さんとは相変わらず会えない日々が続いている。
徹底的に避けられている上に、ハードスケジュールで仕事が終わるのが深夜になる事が多い。
…さすがに夜中にだるま屋の前まで車で押し掛ける訳にはいかない。
しかし今日は少しだけ会えるチャンスがあるかもしれない日だ。彼女は”きまぐれロック”の収録でTBMに来ている。
そして…俺の今日の撮影もTBMで、1日ドラマの撮影だ。運が良ければ”ニワトリ君”を捕獲…いや…彼女と話が出来るかもしれない…!
社さんが…全面的に協力してくれているおかげで、本当に少しだけど…時間が取れたし。
…スウェーデン行きの為のスケジュール調整の事とかも考えると…彼には本当に頭が下がる思いだ。
俺は”きまぐれロック”収録スタジオ近くの非常階段の前で彼女を待ち伏せしていた。
後は収録が終わった彼女を捕まえるだけなんだけど…なかなかスタジオから出て来ない。
まずいな…どんどん時間が無くなっていく…。社さんから電話が掛かって来た時点で、タイムアウトだ。
その後も出て来る気配は無く、更に時間は過ぎて行った。
そしてとうとう俺のポケットからケータイのバイブが鳴り出した。社さんからだ。
しかし諦めようかと思ったその時、収録を終えた”坊”が「ぷきゅっ」と歩いて来る音が聞こえて来た。
俺は社さんに後5分だけ時間を調節してもらえるようにお願いをし、”ニワトリ君”の腕(羽?)を掴んで急いで非常階段へと連れ込こみ、階段のドアを閉めた。
「…やあニワトリ君…久しぶりだね」
『つつつ…敦賀君……?!どどどうしたんだい…?突然こんな所に連れ込んで…!?』
本当はもっとゆっくりと…出来れば”最上さん”と話をしたかったけれど…時間が無い…。
それならせめて…俺の決意表明だけでも伝えておきたい。
「ニワトリ君…今日はどうしても君に伝えておきたい事があってね…」
『…伝えたい事…?また何か悩みでも…?』
「あぁ…悩み事というか…決心したんだけど…ほら前に言っていた俺の好きな子の話。」
『・・・・・・・・・・・・あ・・・あぁ!例の高校生の女の子の事か…』
今…微妙に間があったし…動揺してる…?
やっぱり”ニワトリ君”への恋愛相談から、俺の好きな人の事を勘違いしたんだな…。
確か”北欧人”への告白を聞いた時に…最上さんこう言っていたしな…。
”彼には他に好きな人がいるんです…本人から直接そう聞いたので…”
でも”16~17歳の高校生の女の子”
これを聞いて君は自分の事だとは1度も思わなかったのか…?
…本当に…ラブミー部のラスボスだね…君は…!
「はぁ~~……」
『……敦賀君…?』
「…あ…いや……」
「…俺…とうとう彼女に告白する事にしたんだ…!」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっそう?』
「…あぁ…君はいつも相談に乗ってくれていたしね…だから…先にまず君に伝えておきたかったんだ…」
「今の…俺の心の中の想いを…全部彼女に曝け出してみようと思う…!」
これが…俺の決意表明。
『…そっ…そうか…!きっ決めたんだなっっ!!』
『まっまぁ…敦賀君に告白されて…落ちない人なんかいないと思うから…!自信を持っていきなよ!』
『がっ頑張れよ!…じゃっ…じゃあボクは忙しいから…これで…』
「待ってニワトリ君!!」
俺はニワトリ君の肩を掴んだ。
『なっ何だい…まだ何か…?』
「それで…君の素顔を見てみたいんだけど。君は俺の顔を知っているけど…」
「俺は知らないから…君の顔を…。」
『…はっはっ…!もしボクが君みたいに超イケメンだったなら、喜んで見せるんだけどね…!ボクは…ブサイクだから恥ずかしいんだよ…!』
ふーんブサイクね…。
『って…!…なっ何でいきなり抱きつくんだよ…っ!』
本当に久しぶりの最上さんだったし…抱き締めたくなった…。
「いや…着ぐるみって抱きつきたくならない…?」
…でもこのニワトリの着ぐるみはデカくて…抱き締めてもイマイチよく最上さんとは分からないなぁ…。だけど…本当に彼女なんだ…。
そして俺のポケットのケータイがまた鳴り始めた。今度は本当にタイムオーバーだ。
「…ニワトリ君。…覚えておいて…君の事はとても大切に想っているから…。」
「たとえ君が”何者”であっても…俺にとって君が”とても大切な人”である事を…」
今は仕方が無い…けどスウェーデンに行ったら…本当に俺の全てを君にちゃんと伝えるから…。
それまでに俺自身も色々と心の準備をしておくよ…。
クオン・ヒズリとして――…。
* * *
『あーー!もう…ビックリしたわ…!』
キョーコは楽屋に入るとドアの前で坊の頭を取りながら、へなへなになって座り込んだ。
さっき…敦賀さんに出会った――…。
あまりにも突然過ぎて本当に驚いたけど…。
『…変なの…あんなに…自分から避けていたクセに…』
貴方に会えた事がこんなにも嬉しいだなんて…。
敦賀さん…少し痩せた…?
『…ちゃんと…ご飯食べていますか…?』
…久し振りに感じた貴方の温もりが…こんなにも愛おしく感じるなんて…。
『坊の着ぐるみの上からでも敦賀セラピーは効果があるのね…!』
そしてキョーコは自分の世界に入り込んで独り言をぶつぶつと言い始めた。
『恐るべし敦賀セラピー!!…っていうかあの人は本っ当に抱きつき魔なのね…!でもまさか坊にまで突然抱きついて来るとは思わなかったわ…!』
『あんな事されたら勘違いをしてしまう人だっているだろうし…本当に…心臓に悪いんだから…!』
その後もぶつぶつと言い続けて…暫くして少し落ち着いたキョーコは坊の着ぐるみを脱いで、畳の上に仰向けになって寝転がった。
『ふぅ~~…』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』
…とうとう貴方は…好きな人に告白する決心をしたんですね…。
いつかは…そんな日が来ると…覚悟はしていたけれど…。
『でも…まさか…こんなに早いとは思っていなかったわ……』
キョーコは自嘲の笑みを浮かべた。
雪花の時に感じていた彼との距離…逞しい胸の中…安心できる温もり…。
…これからは…それは本当に私の居場所では無くなるのね――…。
でも彼は…”坊”の事を たとえ君が何者であったとしても”大切な人”と言ってくれた…。
”坊”としてだけは貴方とまだ繋がりが持てるのね…。
それはそれで嬉しいけど……!
『…それでもやっぱり胸が締め付けられて苦しいよ…!…コーン…!』
思わず涙が溢れ出し、キョーコは自分の荷物の中からコーンの石を取り出した。
『…コーン…今も貴方の姿は見えないけれど…近くに居てくれてるの…?』
…ねえコーン…貴方は…
”彼と向き合って、ちゃんと自分の想いを伝えてごらん…?”
”キョーコちゃんなら絶対に大丈夫だよ…!”
”必ず彼は喜んで受け入れてくれるから…!”
そう手帳に書いて、私を励ましてくれたけど――…。
だけど私は…貴方の魔法に頼ってまで…
あの人を自分に振り向かせるような事はしたくないの――…。
今はまだ…私は敦賀さんには心から…
その女性と幸せになって欲しいと願う事は出来ないけれど…。
でも…いつか時間が経てば…敦賀さんの横に女性がいるのを見ても
2人の幸せを…心から祈れるようになる日が訪れるの…?
ねえコーン…どうせなら…
敦賀さんの幸せを心から願える”魔法”を私にかけて――…。
これ以上…醜い…感情を持ちたくはないの…。
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