三河雑兵心得: 14 豊臣仁義 | ギッコンガッタン 

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 足軽仁義シリーズの最新刊です。無事に奥羽の騒乱を鎮めた茂兵衛のその後になります。茂兵衛は、家康とともに京の都の屋敷にいました。家康の命で一般人になりすまして茂兵衛は、罪人の刑場へと向かいます。天下の大泥棒こと石川五右衛門の一味のことを見るためでした。

 

 石川五右衛門は、釜茹での刑にされ、他の罪人は、磔の刑にされていました。釜茹での刑の際に憎々しげな声で秀吉のことを罵る五右衛門の声に茹で上がった後に漂ういやな匂いに茂兵衛は、顔をしかめてしまします。そして、この惨たらしい見世物に豊臣の天下の危うさを茂兵衛は、見て取ります。

 

 その後で家康からかつての上司だった忠世が余命いくばくもないという話を茂兵衛は聞きます。だかあ、1ヶ月以内で、忠世の居城である小田原に自分の代わりに伝言もあるので行けという事でした。なぜ殿自ら行かずに自分が行くのだろうかとも思いましたが茂兵衛は、主命に従います。

 

 反りが合わないとはいえ、世話になった元上司のいまわの際に間に合おうと相変わらず無茶振りしてくる主君の命に小田原を急ぐ茂兵衛でした。あと少しで小田原という箱根の道中で賊に襲われ鉄砲30丁を盗まれます。この戦いでこれから伸び盛りで目をかけていた若武者を失い悲しい気持ちになる茂兵衛でした。

 

 茂兵衛は、自ら率いる鉄砲百人組の一部を芦ノ湖の湖畔に残し、病床の忠世が待つ小田原に向います。着いてみれば、忠世は、病気でやつれてかつての団栗眼も開き具合が衰えているようでした。この場で箱根の賊の事を聞いた忠世は、弟であり茂兵衛のかつての部下であった彦左衛門を賊退治に加わらせます。

 

 彦左衛門は、喜んで茂兵衛に協力して賊退治となります。茂兵衛隊と彦左衛門隊の連係プレーがうまくいき、賊は、殲滅できて30丁中の27丁を取り返します。この際に茂兵衛は、敵の首領である風魔小太郎を捕らえます。小太郎は、気味の悪い男でした。

茂兵衛は、小太郎を小田原城内の獄に放り込みます。

 

 ほどなくして、茂兵衛は、京に帰ります。その後、小太郎が小田原城の牢から脱獄したと聞きました。それが気になる中、京での日々が続きます。その間に茂兵衛は、石田三成に会い、頭は、良いがどこか親しめないキャラクターに当惑します。また、小諸にいたときによく訪ねた真田家にも顔を出します。

 

 秀吉から、養女としているお市の方の娘の於大と家康の嫡男・秀忠の婚儀を言われます。もちろん、家康は、従います。そして、京の都で二人は暮らします。この時期、秀吉は、朝鮮出兵をしていて弟の秀長の死その後の千利休の切腹など色々とおかしな行動を取りざたされていました。

 

 お拾い君(後の秀頼)に秀吉の心が向かっていました。世継ぎとしていた甥の秀次が邪魔となり、二人の間には、確執が生じていました。この危うさを真田昌幸に指摘された茂兵衛は、この時期に江戸にいた家康の代わりの留守居の鳥居元忠にも話して、聚楽第にいる秀忠夫婦を徳川家の屋敷に移すことにします。

 

 秀次と秀吉の争いから逃れるためにです。この際の護衛として茂兵衛の鉄砲隊も駆り出されます。秀次の家臣の引き留めも聞かずに無事に秀忠夫婦を伏見の家康の屋敷に入れることに成功します。ほどなくして、太閤秀吉は、関白秀次の官位を剥奪し高野山に蟄居させ遂には、切腹にします。

 

 その上で、秀次の子供や側室などの縁者を衆目の前で石川五右衛門のように死刑に処してしまいます。この光景を見て茂兵衛は、また秀吉の天下の危うさを思います。その後に地震があり、京は、被害に遭い伏見城が崩れます。伏見城に赴いた茂兵衛は、そこで秀吉にもあい、大柄な忠臣加藤清正にも会います。福島

正則と対照的に茂兵衛は、好感を持つのでした。

 

 ここまでがあらすじです。相変わらず、茂兵衛は、よく使われています。忠世の危篤をダシにした北条の残党の討伐にしても、秀忠の逃亡作戦といい緊張感漂う場面が多くあります。また、秀吉の忠臣である石田三成や加藤清正との遭遇も今後どう展開していくのか面白い所です。

 

 まだ、次の巻が出ていません。徳川の臣下である以上、朝鮮出兵に行くこともないだろうし、次は、関ヶ原からみでしょう。関ヶ原の本戦なのか、それとも秀忠が引き止められてしまった第二次上田合戦のどちらに茂兵衛が引きずられるのか気になります。それから、松之助の出生の秘密は、今後もどこまで守られるのか、綾乃しかいない植田家は、どうなるのかこれからも楽しみですね。