エンガチョ | ギッコンガッタン 

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日々、気の趣くままに綴る雑記帳

 世間では、子供は、天使だとかよく言います。ただ、子供の頃、いじめられっ子だった私からすれば何言ってんのと思えます。実際の所、子供は、純粋な故に逆に本音を隠せないため残酷になる一面があるからです。子供の残酷さを象徴する言葉がタイトルのエンガチョです。これは、地域性があるようで、わが町・小倉では、ギッチョンとかバリアとか言っていました。

 

 この言葉は、子供たちが、誰かがおもらししたとか、汚いものをうっかり触ったとかいう些細なことを見つけた子供がほかの子供とともにエンガチョとはやしたてます。そして、拳骨のポーズで人差し指と中指の間に親指を出す格好をするのです。この対象にされた子は、仲間内から遊んでもらえず逃げられます。まだ、エンガチョのポーズをしていない他の子をタッチして仲間を増やすのです。

 

 まあ、大人になると誰もが子供の頃は、考えてえみれば、よくこんな遊びしたけど、今思うと残酷だったよねとこの遊びを思い出すことでしょう。でも、今の日本人は、エンガチョで遊ぶ子供と同レベルです。もう、わかりますよね。そうです。コロナ禍の世の中です。コロナ脳な連中がコロナ患者、感染対策や自粛政策やワクチン否定する人に対してやっている態度こそ、エンガチョで遊ぶ子供です。

 

 エンガチョは、日本人独特の穢れを嫌い清めようとする精神から来ています。これは、不浄のものを除こうとする、シャーマニズム的な行動なのです。これは、はっきり言って科学的な態度ではありません。しかし、専門家といわれる先生たちがこのレベルなのです。マスゴミの煽りも結果的に日本人のDNAに刻み込まれている穢れを清めようとする精神に火をつけるのです。令和の世の中に、未だにおまじないレベルのことがまかり通り、まともな議論ができないとは、嘆かわしいですね。