今日から梅雨明けかな。
蝉がうるさくて、空が真っ青で、太陽がまぶしいことがたまらなく嬉しい。

さて、高校になってからの私のお話。
実は中学生のときから、親が不仲で不仲で。
中学2年生の時、両親が離婚しました。

お母さん、お父さんのことは長いのでまた別で書きます。

高校入学と共に16歳になり、お母さんは”自分のことは自分でやるように”と私に告げた。

私は昔から優等生の聞き分けの良い子だったから、5月にはアルバイト先を決め、ここから私の労働人生はスタート。
はじめてのバイトは高級焼肉店。
それはそれはマナーに厳しくて、グラスを持つ時は半分より下、置く時は小指を立てる。
歩き方が汚い。
今振り返れば、厳しくもないのかもしれないけど、何も知らない高校生には厳しく感じた。けど、ここで最低限のマナーは学んだ気がする。

高校生は私ともう1人だけで、あとは全員大学生。イケイケ大学生ばかりで下に厳しくて、時にはきつく言われたりいじめられたり(いじめられがち)。でもあの焼肉店でアルバイト出来て本当に良かったな。

ここで、はじめての彼氏が出来ます。
(はじめてきちんと人と向き合うお付き合いをしました。) 

あの頃は、家の空気が苦痛で帰りたくなくて、彼にお父さんの優しさを求めたりしてた。
私のお父さんは子どもみたいで、少しでも嫌なことがあると怒鳴り散らす人だった。
ピーマンとにんじんが嫌いで、少しでも目に入るだけで怒鳴る。
電気付けっ放しで怒鳴る。
それはそれは感情的になる右脳型人間でした。

母は仕事がある忙しく、私と兄を女手一つで育てなくてはいけないプレッシャーからこころの余裕がなくなり、子どもにストレスをぶつけるようになります。
“お父さんはあなたのことなんて愛していなかった” 

聞きたくないことを、当時は浴びせられていて、親の愛情って何だろう。誰が私の味方なんだろう。なんで私の両親は離婚したの。なんで待てなかったの。なんで家に帰ったらご飯がないの。なんでなんで。
と、すべてを他責にして、周囲に依存しがちでした。
今思うと恥ずかしい。
当時は必死に自分の存在価値を、存在証明を求めていて、それを彼氏に押し付けて求めてしまっていたなあと思います。反省。

ただ、私と付き合ってくれる人はとても良い人で、愛情深くて、根気強くメンヘラ高校生に付き合ってくれた。

なかでもしょーちゃんは、私に新しい世界を見せてくれた。
食べたことないものを食べさせてくれて、行ったことのない場所に連れてってくれて、海外を見せてくれて。
だから、影響されやすい私はすこし調子に乗っていたんだと思う。

“同い年の子たちには出来ない経験をしている”

高校生がサイゼリヤでたむろとかダサーい。みたいな。苦笑
嫌われるよほんと。笑

高校では、親友と呼べる友達も出来た。
素直でまっすぐで、一生懸命で不器用で、負けず嫌いで頑張り屋で。
私には無い素直さと根性を持っている子。
きっと羨ましかったんだと思う。
きっと羨ましいから、私が大人なこと教えてあげる、みたいな感じの表現もたくさんしていて、それでも素直に受け取ってくれた子。
今でも、感謝してるし、尊敬できるまっすぐな子。


あぁ、こうやって振り返るとなんて黒歴史なんだろう。笑

この時は、親を毒親として捉えて、向き合うことから逃げていた。
向き合ってしまったら、自分の中の何かがぷちんと切れて、崩れ去ってしまう感覚があった。
そこに向き合うのが怖かった。
私には親はいないと思おう。事務的な会話以外は関わらないようにしよう。
私はそう自分を保ってた。
だからひたすらに、がむしゃらにバイトをして、家に帰るのは寝るときだけ。
それ以外は楽しい方に楽しい方にと流れていた高校生活。

良い経験もたくさんした。
本当にいろんな場所に行った。
楽しいこともたくさんあった。

高校生らしいことをもう少ししたかったけれど、今後悔はないかな。

自分で選んできた道を、選択を、解を、正にするも負にするも自分だから。

私は過去を、自分の歩んできた道を後悔しない。
それだけは決めている。