登校拒否と不登校 その9 | ミモザな日々

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日々のあれこれを綴ったきままブログ

嫌がらせや仄めかし、集団ストーカーはまだ続いている。
が、今の住まいでは外出が極端に少ないため、
ストレスもなんとか凌ぎながらひっそりと暮らしている。
真ん中の子(中学生)と小学生は相変わらず、
週1の習い事以外は家から出られずにいるので、
ここはさながら戦時中の防空壕のようで、
今まさに避難中といった状態だ。

以前の住まいで受けた、
近隣住民の付き纏いや監視、執拗な追い回し、
自衛隊や公務員からのあからさまな嫌がらせ、
パトカー、消防車、救急車の待ち伏せや
度重なる巡回による心理的圧迫というのは、
受けたものでしかわからないと思うのだが、
執拗に、一斉に繰り返し何度も行なえば、
人間の精神状態を一瞬にして壊してしまう。
ましてやそれが小学生の子どもなら?
なおさら被害は甚大だ。

私の旧友や親戚、知人達には、
彼らに先回りされて悪評を吹き込まれた。
警視庁や公安、地域の防犯課や
あるときは検事や弁護士を名乗って、
言葉巧みにそれらしく言いくるめれば、
大抵の人はそれに従うものだ。
そして最後に一言、こうつけ加えればいい。
『本人には絶対に言わないで下さいね。
ショックで自殺してしまうかもしれないので』
追い込んで自殺したり、何か事件を起こした時、
誰もが『ああ、やっぱり、病んでいたから』と
納得するように巧妙な根回しをするのだ。

友人や知人は私と距離を置く。
子どもは学校に行けなくなる。
朝から晩まで異常に寝込んで、
一歩も外へは出られなくなる。
それなのに、弱っているのをいいことに
見舞いを装って彼らは毎日やってきて、
連絡帳だの宿題だの、心配だからと上がり込み、
家中携帯カメラやDSで録画した挙句に
『汚いね』『臭いね』『なんで学校来ないの?』
などと暴言や嫌味を口々に言いながら
大雨の中大事な飼い犬を外に放してしまう。
泥だらけで惨憺たる様子の犬を見て笑いながら、
『可愛がってあげてる』だなんて、
親子で床に臥せっているお見舞いの場で
家中台無しにしながら軽々しく言う言葉ですか?
買い物先のスーパーや仕事場、銀行、旅行先、
そして学校や病院。子どもの塾や電車バス。
彼らは行く先々で神出鬼没に出現する。
まるで示し合わせたかのように。

この時に、彼らや出入り業者や
通りすがりの人達が、念仏のように
頻繁に口にしていたキーワードが、
『追い込みだからね、奥さん』や
『自害しろ』『障害』『死ね』『殺す』『バイバイ』
『追い出し』『懇願しろ』『お布施まだ?』等々。
弱っている時によく、これみよがしに何度も
玄関先にタイミングよく置かれていたのが、
『エンディングノートの書き方』という回覧板。

これら一連の嫌がらせの意味と目的が、
ネットで、『集団ストーカー』で検索してみて、
やっとわかった時はかなりの衝撃だったけど、
激化する以前からも嫌がらせは多々あったので、
彼らはきっと、私たちを追い込む機会を、
手薬煉ひいて待っていたのかもしれない。

最近なぜか、
子どもの頃、繰り返し何度も見た夢を思い出す。
廃墟のような建物に私は身を潜めている。
外を徘徊する、怖ろしい狼から逃れるため。
身を縮め、息を潜めてひっそりと隠れている。
一緒に籠っている仲間たちがいるのだが、
夢から醒めるとなぜかいつも、
その仲間の顔を思い出すことができない。
それ以外は驚くほど鮮明に憶えているのに。
墨を垂らしたような寂寞とした暗い景色。
迫りくる狼の遠吠えと、奴らの荒い息遣い。
言いようのない恐怖感と不安感。
あらゆるものから取り残されたような孤独感。
身を寄せ合う仲間たちの柔らかく優しい温もり。
何度も繰り返し、このシーンばかり夢で見た。
それなのになぜかいつも、どうしても、
大事な仲間の顔だけわからないのが、
子ども心にも不可解で妙に印象的だったのだが、
その意味が、最近やっとわかったのだ。
あれはきっと、今回のことの暗示だったのだと。
いつか遭う、逃れられない危機に対する
警鐘のようなものだったのだと。
でもだとすると、
そのあと主人公の私たちはどうなるのだろう。
その対処法まで夢の続編で示してくれるなら、
私は夢占いの大家になれるのに。
現実は甘くないのだ。