病棟八景(9) | 食道がんと闘います

食道がんと闘います

65歳食道がんサバイバー。
初発は2013年、ステージ3aリンパ節に転移。
手術で切除し抗がん剤治療。
しばらく無事でしたが2016年に肺転移、切除手術。
以来、異常はありません。
定年退職後、大学で医療系を学び卒業、再度就職するも3か月で解雇、その後思いきって開業。

「病棟八景」とタイトルしておきながら、その(9)に進みます。

今回は「病棟八景(8)その1」にも記したAさんについて。

若干のフェイクを入れることを予めおことわりしておきます。

 

以前も書きましたが、Aさんは今回私が入院したのは4人床室の同室の方です。

お歳は75歳くらいのようで、背が高くがっしりした体型の方です。

Aさんと医師や看護師の会話から(聞きたくなくても聞こえてくるので)、肺がんで入院されたことが確実だと思っています。

今回は2回目の抗がん剤治療で、外科手術や放射線治療はされない模様。

ということは、まあ、そういうことです。

あまり医学、医療については詳しくないご様子で、そのことも知っていないような雰囲気です。

当初、看護師や医師に対しては元気そうにふるまっていました。

なんでも1回目の抗がん剤治療ではほとんど副反応がなかったとかで、今回もご当人はその見通しでいらっしゃったようなのですが。

看護師さんが巡回に来るとなんのかんのと雑談をふっかけて、看護師さんもなかなかその場を離れられずにお困りのご様子だったり。

そのくせ、陰ではこの病院の看護婦は生意気でダメだ、でも世話にならないといけないからそんなことはおくびにも出さないよ、などとのたまわっていました。

消灯時間が過ぎても病室でせんべいをボリボリかじったり。

まあ、始めの3日間くらいはお元気でした。

俺はこんな入院くらい、なんとも思っちゃいないよ、みたいな感じで病室でも口笛など吹いていらっしゃいました。

しかし、4日、5日と経つうちに、おそらくは抗がん剤の副反応なのでしょう、次第に食が細っていき、ほとんど箸をつけられないほどになってしまいました。

そこでAさんは看護師さんをつかまえてこう言い放ったのでした。

「メシが食えないのはここのメシがまずいからだ」

巡回の看護師さんをつかまえては味付けが薄くて食べられないとか焼き魚がパサパサだとか。

しょう油をつけろとかなんとか言っておられます。

看護師さんたちも困り果てて、今度は管理栄養士さんがやってきました。

Aさんは食事の味付けを今よりも濃くしてほしいといいましたが、すべての患者を対象とした味付けですから、そんな要求がまかり通るはずはありませんね。

ならば売店でしょう油や海苔の佃煮とかを買ってきて食べるがいいか、と言いますが(勝手にそうすればいいだけのことなのですが)、管理栄養士さんは「私の立場ではどうぞとは言えませんので」。

次にAさんが要求したのは3食麺類にしてほしいというものでした。

曰く、麺類ならツルツルと通りそうな気がする。

そんなわがままな要求が通るものかと思って聞いていたら、なんと昼と夕は麺類に変更できるというのですね。

へぇ~、という感じでした。

Aさんはさらに朝も麺類にするように喰い下がりましたが、管理栄養士さんも譲れるのはここまで、朝食にゼリーを付けるからそれではどうかと提案したところ、Aさんはしかたがないので朝食はごはんにみそ汁をかけて「猫まんま」で食べるがいいか、とのこと。

管理栄養士さんとしては出したものをどう食べてもらっても構わないわけでしょうから、どうぞどうぞということで、めでたく手打ちとなりました。

病院食は味が薄くてそれほどおいしいものではないというのは日本の国の常識みたいなものだと思っていますし、Aさんの食思不振の最大の原因はおそらくは「味付け」などではなく抗がん剤の副作用でしょう。

しかし厳しい現実に敢然と立ち向かったAさんは見事に勝利をつかんだわけです。

犬も歩けば棒に当たる。

やってみなければわからないものだ。

そう思いました。

ところで。

Aさんが「麺類」を指定したのはおそらくそば、うどん、そうめんのようなものをイメージしていると思います。

しかしここの病院食のルーチンでは麺類の中には焼きそばやスパゲティも含まれていますので、遠からずAさんの病室に運ばれることになると思います。

抗がん剤で食思不振のAさんが油をからめた焼きそばやスパゲッティを食べられるのか。

その時にまたひと波乱ありそうな気がしますが、残念ながら私は明後日退院するので、その結末を見ることはできそうにありません。