少し、感傷的すぎて、一旦、数か月休憩。笑。

 

でも、実はこの感じ、私はそんなに嫌いじゃない。

 

ただ、個人的には「ぼく」の心象が馴染まない。

なのに魅力的な女性が何人も登場して、そのほとんどに好かれている展開が羨ましすぎる。(はい、ただのヤキモチです。笑笑。)

 

 

(ネタバレあります。御注意。)

 

 

私の中でのいちばんの齟齬は、「ぼく」が雪山へ向かう箇所。

 

もちろんドラマ構成としてはアリだし、フィクションなんだから問題ない。

 

しかし、冬山の怖さ、恐ろしさを多少なりとも知る者としては、無謀な挑戦もその奇跡的救出もあまりにリアリティに欠ける。

 

元カレと同じようにして「ぼく」を喪ったとき、雪衣はどうなるのか?

その行為自体が幼稚過ぎて物語を破綻させかねない。

 

恋うるものの後先を考えない言動が幼さゆえの輝きに満ちていることは分かるのだが…、この歳になるとついていけない( ̄▽ ̄;)

 

 

しかし、そういう展開で多くの読者をトキメかせる筆力、構想力は流石!

 

 

もっと若い頃に読んでたらヤラれてるかも ´∀` )

 

買い求めたのは、もう10年前。

読みかけたまま放置していたことに先日気づいた(;゚Д゚)

 

 

 

 

 

「脳」への知見を下地にして、平易な言葉で、わたしたちの普通を裏返していくさまは読んでいて心地いい。

 

 

養老孟司さんの著作は大学時代から読んでいて、その洞察力に酔いしれていたから、このベストセラー作品はいまさら?という感じで手にすら取らなかった。

 

 

そして10年前、ふと目にして「そういえば読んでない」と購入したのだった。

 

 

やはり面白かった。

文句なく、心地よい一冊である。

1年以上録画したまま見ることがでこなかった。

ようやく見た。

 

 

 

 

雄勝町は、20数年前、元妻の赴任地だった場所。

 

そのとき、少しでも近くに住もうと引っ越したのが旧桃生郡河北町立大川小学校の真向かいだった。

朝夕、登下校の子どもたちの声が聞こえてくる長閑な木造平屋。

専業主夫だったので、家事を終えると、天気のいい日は長面浦へ出かけて湾を眺めながら本を読むのが楽しみだった。

結局3年ほどで市内に転居したが、私の生涯の中で、もっとものんびりとした時間を過ごした、いろんな意味で忘れられない場所。

 

…震災後かなり経ってから一度だけ行ったがキレイに整地されていて居心地が悪かった記憶しかない。

 

 

雄勝は、元妻の送迎で何度も出かけた。

もともと海沿いのドライブが大好きだから喜んで車を走らせた。

…元同居人は旧牡鹿町の浜生まれ。

旧コバルトラインも有料の頃から利用してたし、牡鹿半島はかなり走ってる( ̄▽ ̄;)

 

 

ほぼ寝たきりの患者さんたちと共に大津波にさらわれた看護師や職員のみなさんの、そのときを考えるだけで胸がひしゃげそうになる。

それをずっと抱えたままの遺された家族や、職員の方の胸中をおもうと言葉に詰まる。

 

 

遺体安置所の青いビニールシートや壁に貼り並べられた無数の膨れた水死体の写真が、今も脳裡から離れない。

 

 

震災はなかなか終わってくれない。

娘から紹介され、いつのまにか毎週楽しみにし、今ではアニメも映画もすべて見ている。

今回は、TVでそれまでの総集編も見た。

 

 

 

 

もともと、子どものころから、『三国志』『水滸伝』などを愛読してきた。中学、高校、大学、大学院といろんな中国古典にも親しんできたせいか、なんとなく二の足を踏んできた『キングダム』(週刊ヤングジャンプ)を毎週読み出すきっかけが、今回の映画で取り上げられた、羌瘣の話(蚩尤としての出自と象姉との過去)だった。

 

羌瘣(清野菜名さん)の眼がいい。


そして、信(山崎賢人さん)、漂・嬴政(吉沢亮さん)、楊端和(長澤まさみさん)たちの、その佇まい、眼力、迫力に感心する。


特に、王騎(大沢たかおさん)の貫禄に脱帽m(__)m。

 

 

 

原作では、信は大将軍の手前まできているし、羌瘣も将軍になった。

 

 

今公開中の映画『キングダム 大将軍の帰還』の次はどうなるんだろう( ̄▽ ̄;)

2009年、NFLドラフト1巡目でボルチモア・レイブンズに指名されたマイケル・オアー選手のエピソードに基づくノンフィクションの映画化。

 

 

 

 

 

 

実話からくるリアリティは得難い。

 

散りばめられた宗教、政治、さらに貧困やスラムとの格差など、アメリカの縮図も織り込みながら、貧しい若者のサクセスストーリーを描く。

 

リー・アン・テューイ(サンドラ・ブロックさん)が凛々しく、その家族がまた優しい。

 

 

しかし、こうして陽の目をみる奇跡はほんのひとつまみに過ぎない。

現実はもっと熾烈で、さらに苛酷だ。

 

肌の色、生まれ、育ち、貧富、宗教、政治、etc…。

いろいろな軋轢に、ヒトは塗れている。

 

 

たしかに稀有な物語は希望に満ちている。

しかし、真に求められるべきは、満遍なく、あらゆる人に可能性が開かれた世界だと思うのだが( ̄▽ ̄;)