ブログを初めて3日たちますが、


言葉、について自分の思うところを書きたいと思います。


僕は、言葉をあまり信じないようにしています。


僕は、言葉ではなく行動を信じたいと思っています。



言葉は、事実でないものを表現できます。


行動には嘘はないからです。



言葉には、功罪があります。




エンターテイメントの世界など創作の世界では


人に夢、希望、感動を与えることができます。



これは功です。



一方、マスコミが報道する記事、ネタ。


blogのように個人が発する情報。


噂話、風説。



ここには、現実とかけ離れたことが書かれることは


常です。


これは罪です。



いろんな例はありますが


特にblogのように、情報発信が個人にゆだねられた時


事実とは違うことが溢れているかと思います。


自分も、このblogでは、


何かよいことを書こうとして


美談にしたり、装飾したり、ということはせず、


失敗も駄目駄目なところも


書くことに躊躇せず、言動一致を意識したいと思います。


それが、呼んで頂く方にも、自分にも良いことだと思います。



僕はこのblogをできるだけ毎日更新していきたいと思います。


その分、言葉を使うこと、考えを述べる機会が増えることになります。



このblogでは、言葉や文章に一人歩きをさせないで


正直に自分の”今”を書きたいと思います。




言うは易し、行うは難し。




行動こそが信頼を得られる唯一のツールと思って


信頼されるように、


日々、生活していきたいと思います。



行動こそが信頼の源だと思うので!

論理的思考能力、ロジック。


会議の中で自分の考えを伝えたり、


取引へのプレゼンであったり、


必要な場面は多いです。



ロジックというもの

は実は、とても脆いものだと思います。


イメージでいうと、


だるまおとし。



一段、一段を積重ねていって、


最後の結論はこうだとし示す=だるまの顔はこういう顔になるんですと示すような感じ。


その一段、一段が文章、言葉の定義となります。


これがしっかり積み重なっていかないと


話している自分だけが、納得していて


聞いている人の頭の中では、もうだるまおとしが、崩れてしまっていることになります。



特に上司が、部下に話をするとき、話のテンションや勢いを使って


強引に論理を積重ねてしまうことが多いように思います。


自分は納得できているのに、


どこか相手が腑に落ちていない顔をしているときはきっと


どこかの文章、言葉の定義、結論に無理があると思われます。


このブログもそうですが、


相手に何かを伝えたいと思う時は、


論理なんて、とっても曖昧かつ、独り善がりになりがちなものと


認識して、1段、2段で顔が見えるようなシンプルな表現が


必要かと思います。




また、「定義」という言葉。


分解すると義を定める。


義というのは、「人として正しい道、多くの人がよしとするところ」らしいです。


解りやすい説明や、文章をかくためには


「多くの人が正しいとするところ」を捉えるセンスもまた


とても、重要なことだと思います。

毎朝8:15分から、NHKのドラマ 芋たこなんきんを見ています。


「仕事するの、嫌になったりしない?」という質問に対して


「自分は好きな仕事をしている、


好きな仕事でさえ、辛いことがあるのに、


好きじゃない仕事をしていたら、もっと、もっと辛いと思う」


というくだりがありました。


腑に落ちました。


好きな仕事をしていても楽しいことばかりではないし、


苦労も、ストレスも一杯あります。


今、自分がしている仕事。


今、計画している仕事。


好きといえるか?


YESと言えないときは、ゴール設定や、その仕事自体に何かしら?マークがあることが


多いように思います。


さあ、事業計画つくり。


間違いなく「好き」な仕事になりそう。


今日も、ワクワク、ドキドキしながら、創ります。