テレビ局の仕込みが画面に映ってしまった模様 | Ghost Riponの屋形(やかた)

Ghost Riponの屋形(やかた)

 お気に入り動画の整理&保管庫

ばれちゃいましたね(笑)
以前、似たような記事をどこかで見たような気もするが・・・
メモしておこう。


テレビ局の仕込みが画面に映ってしまった!(simatyan2のブログ)
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 7 月 07 日 11:30:05: igsppGRN/E9PQ
テレビ局の仕込みが画面に映ってしまった!
http://ameblo.jp/usinawaretatoki/entry-11890180534.html
2014-07-07 09:44:31NEW ! simatyan2のブログ

何か事件や事故が起こるたびにニュースで目にする光景と言えば
通行人に意見を聞く街頭インタビューです。

この街頭インタビューでマイクを向けられる通行人が全て本当の
一般人だと思ってる人は少ないと思います。

でもうっかり見てるとつい騙されてしまいます。

もちろん普通に一般人にも聞いているのですが、テレビ局の方針
にそぐわない返答が返ってきた場合はカットするんですね。

そして時間があれば予定のコメントを貰えるまでインタビューを
続行しますが、それでも無理なときは仕込みをします。

このブログでも何度も「仕込み」「やらせ」の実態を書いてきま
したが、今回その「仕込み」の瞬間が別のテレビ局の画面に
映ってしまうという珍しい現象が起きました。

下の画像がそれです。



この画像はフジテレビがASKA被告保釈の報道をしている場面です。

画像の右端に注目してください。

道を行きかう人々の右端にリュックを背負ったブルーの服を着た
女性が、何か機材を持った数名の男性と話をしているのが映って
いますね。

そこで下の画像です。



これは同じ日にTBSで放送された街頭インタビューの模様です。

つまり先の画像に映っていた女性と男性たちはTBSの取材班だった
ということですね。

奇しくも別なテレビ局によって「やらせ」が暴露されてしまった
珍しいケースと言えます。

しかしこの女性、只者ではないのです。

このブログの過去記事にも登場しましたが、



ある時は、酒井法子ファン
ある時は、押尾学ファン
ある時は、保険金殺人木嶋佳苗の裁判傍聴人

と出過ぎるほど出ています。

と思ったら、たまに再現ドラマにも出演してたプロの劇団員
だったんですね。



この人以外にもテレビ局が調達する人は山ほどいるので要注意です。

まあ平和な時代ならこれも許せるんですけど、集団的自衛権などで
もめてる時に、国民の目をそらせるために「やらせ」をするテレビ
は完璧な政府の広報機関で許せませんね。


一人何役なのかどうなのか。
トリックとイカサマについて、ジョジョの奇妙な冒険にて説明されており↓



トリックとイカサマ  ジョジョの奇妙な冒険
http://digression.exblog.jp/2492417/
推理小説手品以外にもトリックを使うものは存在する。ギャンブルだ。もっともこっちの方でトリックに引っかかるとあまり嬉しくない。第一トリック(trick)とは言わず「イカサマ」と呼ぶ。

 勘の良い方ならお分かりだろうが、ギャンブル(Gamble)ゲーム(Game)は親戚のようなもの。「Gam(bl)e」というわけ。フランス語では区別さえしておらず、ギャンブルもゲームも「Jeu(x)」の一語で済ます。違いはただ一つ「金を賭けるかどうか」であって、ひっくり返せば「金をかければ全てのゲームはギャンブルになる」ということでもある。

 だからこそ『ジョジョの奇妙の冒険 第三部』に登場するダービー兄弟が、並外れた博才(ばくさい)の持ち主が兄、テレビゲームの達人が弟となっていて、なるほどと唸らされる(そこまで考えているかどうかは知らないが)。


 特にダービー兄との対決は、ただ読んでも恐ろしく面白いが、「イカサマそのもの」について考えさせてくれる貴重な一篇である。古今東西、イカサマが出てくる話は多数あるけれども、「イカサマとはナンだろう」という着想を持ったものは殆どない。いみじくも、ダービー兄はこう語っている。

さすがだ・・・ イカサマは心理的盲点をつくこと・・・・・・・ 目がいいだけではイカサマとはわからない(荒木飛呂彦 『ジョジョの奇妙な冒険』 23巻 p82)


 これはまんま「マジック(手品)」についても言えることで、手品のトリックは「見えている(I see)」ことが多い、しかし「目に入っていない(out of sight)」から、「分からない(I don't see)」のである。

 では「トリック」「イカサマ」は何が違うのか。トリックは「ある」ことが前提になっている。トリックのない手品なんてものはないだろう。ところがイカサマは「ない」ことが前提になっている、というより「実は『ある』んだけれども『ない』ように見せる」ということはつまり

バレなきゃあイカサマじゃねえんだぜ・・・・・・・・(荒木飛呂彦 『ジョジョの奇妙な冒険』 25巻 p167)




 ということであって、これこそイカサマの然るべき定義だろうと思う。詐欺だってバレなければ詐欺ではないのだし。人と人が決別するのは、誤解があった時ではなく、むしろ誤解が解けた時ではなかろうか。「人間関係は誤解によって円滑に停滞している」という素晴らしくナンセンス(nonsense)な格言があるが、興味のある方は柳瀬尚紀『ナンセンス感覚』(講談社現代新書)をお読みになられると良い。同書一ページ目が「あとがき」から始まるという、奇書である。


(河出文庫にもあった模様)