伝説のG.A.光永パンテーラ [3] | Ghost Riponの屋形(やかた)

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アメリカで最高のコンロッドとクランクシャフト

「700馬力のV8」を作るのは、アメリカに星の数ほどあるV8チューニングショップに
依頼すれば、じつに「簡単」な事である。
そいつは、こんな具合だ。
「シボレーのビッグV8から700馬力だって?俺にまかせとけって。エンジンを一度バラして」
ブループリント(部品のバランス取り)して、メーカー純正のレース用ヘッドをつけて
圧縮比を11.5にする。
○○のカムと△△のコンロッド××のピストンを使ってああしてこうすりゃあ・・・
ま、ざっと700馬力は、いっちまうだろうな。
そいつをパンテーラに載っけて時速200マイルで、フリーウェイをぶっ飛ばすって!?
ユーは気でも狂ってるのかい。そんなことしたら、ポリスに首をぶち抜かれる前に
背中のエンジンが、木っ端微塵に吹っ飛んじまう」
巨大なアメリカンV8は、2000回転程度の低い回転数でもすさまじい力を放ち
わずか5000回転で最高出力をだす。瞬発力、加速力では敵無しだ。
ところが最高速度に近い速度を出しても、ものの数分も走ると、エンジンオイルの
温度が急上昇し、油圧が低下してしまう傾向がある。
それに気がつかないで(アメリカ車にはたいてい油温計、油圧計が無い)アクセルペダルを
ふみつづけていれば、エンジンの軸受け、クランクシャフトのメインベアリングの焼損という
重大なトラブルに陥る。
大きな排気量は大きな力を生む。
その大きさと重さが、連続負荷高回転の運転では己の首を絞める。
並みのチューナーでは、駄目なのだ。並みのパーツでも駄目なのだ。
レース用の、本物の特別製の700馬力V8でなければ。

光永は、その結論をたずさえて、マリオ・ロッシの工場にいきついたのだった。
だがロッシは、はるばる日本からやってきた光永をケンもホロロに追い返す。
「公道を200マイルで走る?ここは精神分析医じゃないいんだぞ!」
アメリカには、日本の何倍もに及ぶありとあらゆる分野のスーパースペシャリストというべき
人種がいる。が、烏合の衆たる無知なる大量の衆の数も日本の10倍だ。
プロはごく自然に排他的になる。クルマの世界も同じだ。
つい最近まで、全米最大のカーレース「インディアナポリス500マイル」では、
パドックの中に女性を決して踏み入れさせなかった。
ロッシの対応も当然の事だろう。
その日から光永は、ロッシのガレージの前で寝起きするようになる。
間単に作ってもらえるなどと、最初から考えていない。
ロッシが再び声をかけてくれたのは、4日目の朝の事だという。
「お前、何処から来たんだ?」、「日本?」、「英語達者だな」、「ハワイで生まれた」
「そんなにエンジンが欲しいのか?」、「パンテーラで時速200マイルだしたい」
「トーランスにカレロという奴が住んでいる。アメリカで最高のコンロッドを作る男だ。
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ハンティントン・ビーチのハンク・ザ・クランクをしっているか?
アメリカ最高のクランクシャフトは、あそこにしかない。
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俺はその二つがそろわないと、エンジンは作らない」、「今すぐ行って買ってくる?」、「OK。待ってるよ」
光永はきびすを返してクルマに乗り込み、500キロ離れたトーランスに向かった。
カレロは、古い倉庫の一角を間借りしてコンロッドを作っていた。
「ロッシの紹介?聞いてない。お前に売るコンロッドはない。どこかそこらのショップにでもいけ。
コンロッドなんか何処にでも転がっているだろう」
ハンティントン・ビーチの、ハンク・ザ・クランクは光永に会ってもくれなかった。
何度訪ねても、ぴしゃりと閉じられた入り口のシャッターは、1インチも開かなかった。

光永が、8本のコンロッドと、重いクランクシャフトをたずさえて、再びマリオ・ロッシの
所に戻ったのは、半年後の事である。
ロッシは、光永が床に置いたパーツを見て目を丸くして驚いた。
「本当に買ってきたのか!?あのハンクのクソ親父が本当にシャフトを売ったのか?」
光永は、うなずいた。
「お前が気に入ったよ。作ってやる。お前が今まで見たことも無いような最高のV8を一基、
組んでやる。本物の700馬力が、どういうエンジンか見せてやろう」
ロッシ曰く、アメリカンV8チューンの要点は、
第一に素材と素性、第二にバランス、第三に組み立て、そして最後に仕様=スペックだと
主張している。ロッシが使うのは、シボレーが70年に発売した「454CID」V8である。
市販車用のLS1から、マッスルカー用のLS5、最強のLS5の出力が430馬力だ。
だがシボレーは、その上にLS6、LS7という特別製のエンジンを用意していた。レース用だ。
LS1~5のねずみ鋳鉄製ではなく、鉄に炭素、ニッケル、クローム、モリブデンなどを配合した
高力合金鋳鉄製である。LS7の価格はLS5の五倍以上もする。
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だがロッシにとっては、素材に過ぎない。LS7を入手すると、ロッシはパーツを分解し、
エンジン本体、ブロックを野外に半年放置しておく。鋳鉄には溶けた鉄が冷えて固まるときの
ひずみが鋳造後も残っている。これを、残留応力という。
それを残したまま、エンジンを組んでしまうということは、ひずみがすこしずつ抜けていくに
したがって、エンジンがゆがんでいくのを許すのとおんなじだ。
ブロックがゆがめば、エンジンは壊れる。だから放置して応力が抜けるのを待つのだ。

こうして「枯れた」ブロックを、精密に機械加工して寸法を整え低圧縮化、低バルブ開度の
パーツを組み付けて低出力のエンジンに仕立て、適当なクルマ(自分のステーションワゴン、
友達のピックアップ版etc)に載せて、1万キロほど走らせる。
死んでいたブロックに熱が加わり、水が流れ、新たな応力が与えられるのだ。
いくら精密に加工してあっても、ここで素材の欠陥を暴露するエンジンは多い。
中には目に見えないような、細かいヒビを発生するブロックもある。
エンジンを分解すると、そうした欠陥を電磁探傷法や超音波検査法、浸透探傷法などのテスト
で選別し、素性のランクをつけていく。
光永が手にしたのは、三番目の等級Cブロックと名ずけられたランクだった。
Aブロックは、3000馬力級のホットロッド用エンジンのベースになる。
Bブロックは、主に800馬力級のやはりホットロッド用。
Cブロックは、NASCARストックカー用だから、要するに700馬力の目標値に対しては十分以上だった。
もう一度機械加工を行った後、今度はブロックの内側を入念に研磨する。
これも応力を一ヶ所に集中させないための工夫だ。組み立てには超一流のパーツしか使わない。
作動パーツはすべて鍛造、一つずつ機械加工、熱処理か表面加工処理を施し、バランス
取りをしてあるレース用パーツだ。カレロのコンロッド、ハンク・ザ・クランクのクランクは
よく名の知れた超一流品である。価格は、チューニングショップ製や大手メーカー製の
チューニングパーツの、おおむね10倍から20倍になる。
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組み付け自体にもテクニックがある。ボルト締め付けトルク次第で、軽く20~50馬力の
差が出るという。それはチューナーの秘中のノウハウだ。
巨大なV8は、何も意識せず気楽に作って気楽に組んでも大トルク、大パワーを出す。
アメリカンV8が尊敬と同時に、軽蔑も一手に集めているのはそのためだろう。
しかしそこからさらに100馬力を引き出して、同等の信頼性を与えようとすれば
その途方もない大きさと、重さが、障害となって立ちはだかる。
200馬力プラスならば、高度なノウハウと内燃機関。材料工学に対する経験と知識が必要だ。
7.4リッターのV8から、300馬力を出す事は造作もないことだ。

同じ排気量から、700馬力とそれを保障する信頼性を得ようとするなら、結果的に
それは、フェラーリV型12気筒エンジンより数倍高価な代物になる。
頑丈で精密な土台に、超高精度な部品を載せ、しかるべくトルクで組み付けることによって、
達成される。ロッシは、それを行う。

「ゲーリー、ユーのエンジンが今日回ったよ。680馬力出た。680馬力だ。
パンテーラに載せれば、時速200マイルは俺が保障しよう」
国際電話の声が踊っていた。
光永は、本物の700馬力をこうしてその手にしたのである。

伝説のG.A.光永パンテーラ [4]



伝説のG.A.光永パンテーラ [1]
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伝説のG.A.光永パンテーラ [2]
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伝説のG.A.光永パンテーラ [4]
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