
2006/4/7(金) 午後 4:55
テレビで久々に加山雄三を見て、村下さんを思い出した。
村下さんは、若大将シリーズの加山雄三に憧れてギターを始めたと言っていた。手作りギターから独学で練習したその腕前はまさに職人芸だった。
「初恋」のヒットで有名な村下孝蔵さんのバックのお仕事をさせていただいたことは、本当に貴重な経験、そして私の青春の1ページだったのかも。
(まだ、青春終わってないつもりだけど)
ギターも歌も曲作りも人間性も村下さんはピカイチだった。
声には、その人の魂のレベルが表れていると聞いたことがある。
良く通る聞いてて心地よい声の人は、前世の行いが良かったのかな?
(ならば、かすれ声のこの私の前世は・・・・・?)
コンサート中間部でバンドが全員はけて、村下さんの弾き語りコーナーになると、楽屋のスピーカーから聞こえてくる声の艶やかさに、度々感動したものだ。
まったく気取りのない庶民派、気持ちの真っ直ぐなアーティストだった。
まだ、バンドに参加したてでガチガチだった私のピアノイントロから始まる「ゆうこ」のリハでは、「ゆうこ~」の歌詞を「ようこぉ~」と歌って和ませてくれた。
私の母校での学園祭の仕事の時、福岡サンパレスでの仕事の時、私をステージで紹介してくれた。
たまたま見に来ていた私の両親にスポットライトまで当ててくれ、「ようこちゃん頑張ってますよ~」
ほのぼの、素朴であったかい作品どおりの人柄だった。
福岡に戻ってしばらくして天神でバッタリ出会い、屋台で再会を祝した。
昔話やメンバーの近況、いろいろな話をするなかで、村下さんが、
「僕はようこちゃんのピアノが一番歌いやすかった。
譜面まだ持ってる?いつでも戻れるように練習しといてよね!」と言ってくれた時は、ほんとうにうれしかった。
そんなことは現実にはありえないのだけど、ちょっと自信喪失気味になってバンド活動から撤退した私には、何よりの励ましだった。
亡くなって何年かな・・電報だけで未だお参りに行っていない。
だから、あまり実感がない。
今でも「ようこちゃん、がんばらんね!」と村下さんに言われてるような気がしている。