上杉隼人 GetUpEnglish

上杉隼人 GetUpEnglish

日常よく使われる英語表現を毎日紹介します。毎日日本時間の午前9時までに更新します。英文執筆・翻訳・構成・管理:上杉隼人

毎日更新! GetUpEnglish Updates Every Day! Since April 1, 2006 (c) 2006-2025 Uesugi Hayato(上杉隼人)

翻訳をしていると、辞書を引いて正しい訳語を選んだはずなのに、実は間違っていたということがある。

そんなときに大切なのは、単語だけを見るのではなく、文章全体の論理を追うことである。

 

Carl Benedikt Frey の How Progress Ends に、こんな一文が出てきた。

Consider the destruction of Denis Papin’s steam digester in 1705.

Denis Papin(ドニ・パパン)は、17世紀から18世紀にかけて活躍したフランスの物理学者・発明家である。

そして steam digester といえば、パパンが発明したことで知られる、蒸気の圧力を利用した装置 Papin's digester が思い浮かぶ。現代の圧力鍋の先駆けとされるものである。

 

そこで最初、私は、

 

1705年にドニ・パパンの蒸気圧力釜が破壊された事件を見てみよう。

 

と訳した。

辞書的には、いかにも正しそうに見える。

しかし、これはおかしい。

後ろを読めばわかる。

 

文章はこう続いている。

Even though his friend and mentor, Gottfried Leibniz, had written to the Elector of Kassel, asking for Papin to be granted free passage, no petition was granted. When Papin decided to embark on his journey anyway, the boatmen’s guild, who monopolized the river traffic on the Fulda and Weser, smashed the steam engine to pieces when his boat arrived at Münden.

ここには、

free passage

river traffic

his boat

そして決定的な、

the steam engine

という言葉が出てくる。

 

パパンの友人であり、師でもあったゴットフリート・ライプニッツは、パパンの蒸気機関を搭載した船が自由に川を運航できるようにカッセル選帝侯に書簡で求めていた。

その願いは聞き入れられなかった。

それでもパパンは蒸気機関を搭載した船で川を進もうとした。

ところが船がミュンデンに到着すると、フルダ川とヴェーザー川の河川輸送を独占していた船頭ギルドが、

the steam engine を smashed ... to pieces――蒸気機関を粉々に破壊した。

 

どう考えても、ここで問題になっているのは「蒸気圧力釜」ではない。

船に搭載された蒸気機関である。

したがって、最初の一文も、

 

1705年にドニ・パパンの蒸気機関が破壊された事件を見てみよう。

 

と訳すべきだった。

 

もちろん、ここには原文側の問題もある。

最初は steam digester と書いておきながら、数行後では the steam engine と書いているからだ。

しかし、こういうことは本を訳していると決して珍しくない。

 

原文は常に完全に整合しているとは限らない。

著者が言葉を取り違えることもあれば、同じものを別の言葉で呼ぶこともある。説明が不足していることもある。

だから翻訳者は、原文に書かれた単語を一つずつ日本語に置き換えるだけではいけない。

 

今回の場合、

なぜライプニッツは通航許可を求めたのか。

なぜ船頭ギルドが登場するのか。

なぜ船がミュンデンに到着したところで破壊されたのか。

そして、

いったい何が粉々にされたのか。

そこまで読んで論理をつなげれば、「蒸気圧力釜」という訳がおかしいことに気づく。

 

これは翻訳でとても大切なことである。

 

わからない単語が出たら辞書を引く。

もちろん、それは基本だ。

しかし、辞書に出ている訳語が、その文章で正しいとは限らない。

一文だけで決めず、その先まで読む。

前後の事実関係をつなげる。

そして、文章全体が論理的に成立しているかを考える。

辞書だけでなく、論理で訳す。

 

今回の steam digester は、そのことを教えてくれる面白い例だと思う。

 

英語の It is no coincidence that ... を見れば、普通は、

「……なのは偶然ではない」

と訳すだろう。

もちろん間違いではない。

しかし、文脈によっては**「偶然ではない」と訳しても、何を言いたいのかよくわからない**ことがある。

Carl Benedikt Frey の How Progress Ends に、こんな一節が出てくる。

Indeed, it is no coincidence that new towns like Birmingham and Manchester, which emerged in formerly rural areas free from guild restrictions, would go on to become Britain’s industrial powerhouses.

この直前では、中世以来のギルドについて論じられている。

 

ギルドは知識や技能を次世代に伝え、仕事の質を維持する役割を果たした。その一方で、カルテルとして業界を厳しく統制し、雇用や収入を脅かす新しい技術には激しく抵抗した。

 

そのあとに、先ほどの it is no coincidence that ... が来る。

これをそのまま、

 

「ギルドの規制を受けなかったバーミンガムやマンチェスターが、その後イギリスの産業を支える一大都市に成長したのは偶然ではない」

 

と訳すことはできる。

だが、日本語で読むと、少しわかりにくい。

 

「偶然ではない」と言われても、では何と何の関係が「偶然ではない」のか、読者がもう一度考えなければならないからだ。

 

ここで大切なのは、no coincidence という表現そのものではなく、この一文が前の文章に対してどのような働きをしているかを見ることである。

論理を整理すると、こうなる。

 

ギルドは新しい技術に抵抗した。

一方、ギルドの規制を受けなかったバーミンガムやマンチェスターは産業都市として大きく発展した。

 

つまり後者は、直前の議論を裏付ける具体例なのである。

そこで私は、

 

「それを裏付けるように、かつて農村だったためギルドの規制を受けなかったバーミンガムやマンチェスターは、その後イングランドの産業を支える一大都市に成長した。」

 

と訳すことにした。

no coincidence の「偶然ではない」という言葉は消えてい

だが、「偶然ではない」→「裏付ける」として言い換えている

そして、原文の論理はむしろはっきりした。

 

翻訳では、英単語や英語表現を一つずつ日本語に置き換えればよいわけではない。

 

その表現が、前後の文章をどうつないでいるのか。

何を主張し、何を根拠として提示しているのか。

 

そこまで読んではじめて、日本語にできることがある。

It is no coincidence that ... は「……なのは偶然ではない」。

まずはそれを知っておく。

 

しかし、実際の文章では、その訳語を別の言い方をするほうが原文の意味がよく伝わることもある

 

今回の no coincidence は、そのよい例だと思う。

 

英語を訳す時、原文の語順をできるだけ守ろうとすることがある。

もちろん、それでうまくいく場合も多い。

しかし、文の本当のポイントを日本語で明確にするためには、あえて訳す順番を入れ替えたほうがよいこともある。

 

たとえば、Keza MacDonaldのSuper Nintendoには、『ゼルダの伝説』シリーズについてこんな一節がある。

 

There is always a hero youth, a princess and a sword with the power to banish evil, though their forms morph and change. Other elements of the tale come and go: Ganon, the eternal adversary; the kingdom of Hyrule; a travelling salesman with a fondness for bugs; a mysterious wood where you can’t find your way.

 

最初の文を前からそのまま訳すと、

 

「そこにはいつも若き勇者と姫、そして邪悪なものを退ける力を持つ剣が登場する。ただし、その姿は変化していく」

 

となる。

間違いではない。

しかし、ここで大切なのは、次の文とのつながりである。

 

次の文は、

 

Other elements of the tale come and go.

「物語のほかの要素は、登場することもあれば、しないこともある」

 

と言っている。

つまり著者は、『ゼルダ』シリーズにおいて、「変わるもの」と「変わらないもの」を対比しているのである。

 

リンクやゼルダ姫の姿は、時代や作品によって変わる。

しかし、「若き勇者」「姫」「邪悪なものを退ける力を持つ剣」という基本的な要素は変わらない。

一方、永遠の宿敵ガノン、ハイラル王国、虫が大好きな旅の商人、どこへ進めばいいのかわからなくなる謎めいた森などは、作品によって登場したり、しなかったりする。

 

この対比を日本語でもはっきり見せることが重要なのだ。

 

そこで、though their forms morph and change を先に訳してみる。

 

リンクもゼルダ姫も作品ごとに姿を変えるが、それでもそこにはいつも若き勇者と姫、そして邪悪なものを退ける力を持つ剣が登場する。

 

こうすれば、

 

変化する

それでも、変わらず存在するものがある

それ以外の要素は、登場したりしなかったりする

 

という原文の論理が日本語でもはっきり見える。

 

なお、文法だけを見れば、their forms は直前の a hero youth, a princess and a sword の3つすべてを受けていると読むこともできる。

 

しかし、この段落で著者が中心的に語っているのは、作品や時代によってリンクとゼルダ姫の姿や人物像が変化する一方で、「若き勇者」「姫」「邪悪なものを退ける力を持つ剣」という『ゼルダ』を形づくる基本的な要素は受け継がれていく、ということである。

そして、その直後に Other elements of the tale come and go と続く。

だからこそ、There is always ... の always が重要になる。

always(いつも存在する)

come and go(登場したり、しなかったりする)

が対比されているのである。

 

翻訳では、一つの文だけを見てはいけない。

英文をどの順番で日本語にするかを決めるのは、英語の語順ではない。

その文章が何と何を対比し、何をいちばん伝えようとしているのか。

「語順」ではなく「論理」を訳すことが大切なのである。

 

このことは、すでに書き上げて提出した初めての自著に1章を割いて書いている。ぜひご覧いただきたい。

 

inconsequential は、少し硬めの文章やノンフィクションでよく見かける語である。

 

基本的な意味は、

inconsequential = 重要でない、取るに足りない、大したことのない

である。

語の成り立ちを考えるとわかりやすい。

 

consequence は「結果」だけでなく、「重要性」という意味も持つ。
そこから inconsequential は、「大きな結果をもたらさない」→「重要ではない」という意味になる。

 

たとえば、

 

The mistake was inconsequential.

「その間違いは大したものではなかった」

 

これは「結果がなかった」というより、問題にするほど重要な間違いではなかったということである。

今日のGetUpEnglishは、この inconsequential を学習しよう。

 

○Practical Example

"Should we correct this tiny error?"
"No. It's inconsequential."

「この小さな間違い、直したほうがいい?」
「いや、大した問題じゃないよ」

 

ここでは「重要ではない」より「大した問題ではない」が自然だ。

 

●Extra Point――いつでも「取るに足りない」ではない

たとえば、

 

◎Extra Example

The difference between the two versions is inconsequential.

「二つの版の違いはほとんど重要ではない」

「二つの版の違いは大したものではない」

 

He played an inconsequential role in the negotiations.

「彼は交渉で大した役割を果たさなかった」

 

He was inconsequential.

「彼は重要な人物ではなかった」

 

 

☆Extra Extra Example

もう一つ注意したい例がある。

 

◎Extra Extra Example

The industry was initially inconsequential but later became a major part of the economy.

これを、

「その産業は当初、取るに足りないものだった」

とすると、少し日本語が苦しい。

むしろ、

 

「その産業は当初まだ小規模だったが、後に経済の主要な一角を占めるまでになった」

 

などと、文脈に合わせて訳したほうがよい。

 

inconsequential = 取るに足りない

と機械的に置き換えるのではなく、

「重要ではない」
「大したことではない」
「大きな影響はない」
「まだ小規模である」

など、その場面で何が「重要でない」のかを考えてみよう。

 

 

翻訳をしていると、英単語を一つ残らず日本語に置き換えなければならないような気になることがある。

しかし、必ずしもそうではない。

Keza MacDonaldのSuper Nintendoに、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の開発について、こんな一文がある。

They spent a year playing with virtual physics before they had something that felt fun and rich with potential, a reactive Hyrule where fire spreads, boulders tumble down hills towards an encampment of Moblins, and Link’s small selection of abilities empowers the player to experiment.

少しわかりにくい文章だが、ポイントになるのが、

a reactive Hyrule

である。

reactiveを辞書で引けば、「反応する」「反応性の」といった訳語が出てくる。

では、

「反応するハイラル」
「反応性のあるハイラル」

と訳せばいいのか。

どちらも日本語として何を言っているのかよくわからない。

ここで大切なのは、reactiveだけを取り出して日本語にしようとしないことである。

その意味は、すぐ後ろに書かれている。

fire spreads
火をつければ燃え広がる。

boulders tumble down hills towards an encampment of Moblins
大岩を転がせば、丘を下ってモリブリンの野営地へ向かっていく。


つまり、プレイヤーが何かをすれば、ゲームの世界がそれに応じて変化するハイラルだ。

これがreactive Hyruleだ。

だったら、reactiveに無理に一つの訳語を与える必要はない。

たとえば、

チームは仮想世界の物理法則を用いて1年にわたって試行錯誤を重ね、ようやく面白く、さまざまな可能性に満ちたハイラルを作り上げた。このハイラルでは、火をつければ燃え広がり、岩を転がせば丘を下ってモリブリンの野営地へ突っ込んでいく。リンクが使える能力は限られているが、そのわずかな能力を使い、プレイヤーはさまざまなことを試すことができる。

くらいにすればよい。

「火をつければ→燃える」
「岩を転がせば→転がる」


という具体例そのものが、reactiveの意味を日本語で示しているからである。

英語を訳すというのは、英単語を一語ずつ日本語に置き換えることではない。

その英語が文章のなかで何を言っているのかを理解し、それが日本語で伝わるようにすることである。

時には、ある単語をあえて訳語として表に出さないほうが、その単語の意味を正確に訳せることもある。

 

lucrative には、辞書には「利益をもたらす、有利な」といった意味が出ている

たとえば、

a lucrative business

なら「儲かる商売」、

a lucrative contract

なら「利益の大きい契約」と考えればよい。

 

ところが、Carl Benedikt Frey の How Progress Ends には、少し変わった使い方が出てくる。

they were granted lucrative exemptions from tariffs and most taxes

ここで lucrative が修飾しているのは exemptions(免除) である。

「儲かる免除」と訳しても、日本語では意味がよくわからない。

ポイントは、lucrative を「お金を稼ぐ」と狭く考えないことである。

 

関税や税金を払わなくてよい

その分だけ経済的な負担が減る

大きな利益を得ることになる

 

ということで、ここでの lucrative exemptions は、「大きな経済的利益をもたらす免除措置」という意味である。

したがって、たとえば、

彼らには、関税やほとんどの税を免除するという非常に有利な措置が認められた。

と訳すことができる。

あるいは、日本語としてさらに自然にするなら、

彼らは関税やほとんどの税を免除され、大きな経済的恩恵を受けた。

としてもよい。

 

lucrative を見たら、すぐに「儲かる」と置き換えるのではなく、「それによって、どのような経済的利益が生じるのか」を考える。

 

辞書の訳語を知るだけではなく、文のなかでその言葉が何を意味しているのかを考えることが、翻訳では大切なのである。

 

英語には、綴りも発音もよく似ているため、ネイティブでも混同する単語がある。

その代表的なものが、

complement

compliment

である。

違いはたった一文字。

ei か。

しかし、意味はまったく違う。

まず、いちばん簡単な覚え方から。

complement → complete(完全にする)

compliment → praise(褒める)

と考えるとよい。

実際、complement は complete と語源的にも関係があり、「足りないものを補って完全なものにする」というのが基本的なイメージである。

complement は「補って完全なものにする」

complement は名詞なら、

「補完するもの」
「引き立てるもの」
「相互に補い合うもの」

といった意味になる。

たとえば、

This wine is a perfect complement to the meal.

「このワインは、この料理を引き立てるのにぴったりだ」

ワインが料理を「褒めている」のではない。

料理に何かを加えることで、全体をより完全なものにしているのである。

動詞でも同じ発想だ。

The new illustrations complement the text beautifully.

「新しいイラストが文章を見事に引き立てている」

ここでもポイントは「褒める」ではなく、互いに補い合って、全体をよりよいものにすることである。

先ほど英語のメールを書いていて、

The two books complement each other.

という表現を検討した。

これは、

「二冊の本がお互いを褒め合っている」

ではもちろんない。

「二冊の本が互いに補い合っている」

という意味である。

compliment は「褒める」

一方、compliment はまったく違う。

名詞なら「褒め言葉」、動詞なら「褒める」である。

She complimented me on my presentation.

「彼女は私のプレゼンを褒めてくれた」

That's a wonderful compliment.

「それはうれしい褒め言葉だ」

したがって、

complement = 補う

compliment = 褒める

という違いをまず頭に入れておけばよい。

○Practical Example

"I love this sauce."
"It really complements the fish."

「このソース、おいしいね」
「魚の味を本当にうまく引き立てているよね」

ここは complements

ソースが魚を褒めているのではなく、魚の味を補い、引き立てている。

一方、

"I love your jacket."
"Thanks for the compliment."

「そのジャケット、すごくいいね」
「褒めてくれてありがとう」

こちらは compliment

人に対する「褒め言葉」である。

●Extra Point――発音までそっくり

ここがこの二語のややこしく、そして面白いところである。

complement と compliment は、綴りだけでなく発音も非常によく似ている。

アメリカ英語では、名詞の complementcompliment は、どちらもおおむね、

/ˈkɑːm.plə.mənt/

と発音される。

つまり、

a perfect complement
「ぴったりの補完物」

の complement と、

a nice compliment
「うれしい褒め言葉」

の compliment は、基本的に同じように聞こえる。

動詞になると、語末の -ment が名詞の場合よりはっきり発音されることがある。

complement
「補う・引き立てる」

compliment
「褒める」

はいずれも、おおむね、

/ˈkɑːm.pləˌment/

となる。

つまり、面白いことに、

名詞 complement ≒ 名詞 compliment

そして、

動詞 complement ≒ 動詞 compliment

なのである。

名詞どうしも、動詞どうしも、発音だけを頼りに e と i を聞き分けることは基本的にできない

さらに両語とも、名詞では最後の -ment が弱く、動詞では -ment が相対的にはっきり発音されることがある。

だから、

The wine complements the food.

「そのワインは料理を引き立てる」

と、

She compliments the chef.

「彼女はシェフを褒める」

では、complements / compliments はほぼ同じように聞こえる

どちらなのかは、音ではなく文脈から判断することになる。

実際の発音は、辞書の音声で聞き比べてみるとおもしろい。

Merriam-Webster:complement の発音

Merriam-Webster:compliment の発音

Cambridge Dictionary:complement の発音

Cambridge Dictionary:compliment の発音

 

ただし、辞書や英米によって細かな発音表記には違いがある。大切なのは、complement と compliment を発音だけで区別しようとしないことである。

◎Extra Example

次の二つを比べてみよう。

Her skills complement mine.

「彼女の能力は、私に足りないところを補ってくれる」

She complimented me on my skills.

「彼女は私の能力を褒めてくれた」

たった e / i の違いだが、

complement → 足りないものを補う

compliment → よいところを褒める

と意味ははっきり異なる。

☆Extra Extra Point――迷ったら complete を思い出す

迷ったときには complete を思い出すとよい。

complementecomplete の e

何かを加えて complete にするのが complement

一方、誰かに「素敵ですね」「よくできましたね」と言うのが compliment

The red wine complements the steak.
「赤ワインがステーキを引き立てる」

The waiter complimented me on my choice of wine.
「ウェイターが私のワイン選びを褒めてくれた」

前者は e

後者は i

見た目も音も紛らわしい。

しかし、

complement = complete にする

compliment = praise

と覚えておけば、かなり区別しやすくなる。

そしてもう一つ。

耳で聞いて区別できなくても心配はいらない。

名詞どうしも、動詞どうしも、発音はほぼ同じなのである。

だからこそ、英語を読むときには、一文字の違いと文脈がものをいう。

 

complement は「補う」。compliment は「褒める」。

 

この二つは、耳では双子、意味ではまったくの別人なのである。

英語の vie は、それほど頻繁に目にする単語ではないが、新聞やノンフィクションではよく使われる。

基本的な意味は、

vie for ... = ……を得ようと競う、……をめぐって競いあう

である。

たとえば、

Several companies are vying for the contract.

なら、

「数社がその契約を獲得しようと競いあっている」

という意味になる。

The two candidates are vying for the top position.

なら、

「二人の候補者が首位の座を争っている」

となる。

では、vie for influence はどう訳せばよいのだろうか。

現在翻訳しているCarl Benedikt FreyのHow Progress Endsに、こんな一文が出てきた。

The nursery of modernity became a fractured terrain, with multiple actors vying for influence, including the state, autonomous cities, nobility and knights, and now also Catholics and Protestants.

ここで vying for influence を辞書的に処理すれば、

「影響力を競いあう」

となるだろう。

もちろん意味は間違っていない。

しかし、

「国家、自治都市、貴族、騎士、カトリック、プロテスタントが影響力を競いあった」

とすると、どうにも日本語としてしっくりこない。

ここで大切なのは、influence が具体的に何を意味しているのかを考えることである。

この直前でFreyは、ヨーロッパでは政治権力が一か所に集中せず、国家や都市、教会、諸侯など、さまざまな権力の中心が併存していたことを論じている。

宗教改革後には、そこにカトリックとプロテスタントの対立まで加わった。

つまり vying for influence は、単に「どちらの意見が人々に影響を与えるかを競っていた」という話ではない。

それぞれの政治的・宗教的勢力が、自分たちの力が及ぶ範囲を広げようとして競っていたのである。

そこで私は、この部分を次のように訳すことにした。

こうしてヨーロッパは近代化の土壌となり、国家、自治都市、貴族、騎士、さらにはカトリックとプロテスタントなどが並び立ち、それぞれがしのぎを削って勢力の拡大をはかった

vying の「激しく競いあう」という動きを「しのぎを削って」で表し、for influence は文脈から「勢力の拡大をはかった」とした。

もちろん vie for influence = しのぎを削って勢力の拡大をはかる と機械的に覚えてはいけない。

文脈が変われば訳も変わる。

Political parties are vying for influence over young voters.

なら、

「各政党が若い有権者への影響力を強めようと競っている

でよい。

Several countries are vying for influence in the region.

なら、

「複数の国がその地域で勢力を拡大しようと競いあっている

などとできる。

つまり influence はいつでも「影響力」と訳せばよいわけではない。

とりわけ国家、宗教、政治勢力などが主語になっている場合には、「勢力」「発言力」「支配力」など、日本語では別の言葉にしたほうが意味がはっきりすることがある。

英語を読むときに大切なのは、

vie = 競う
influence = 影響力

と単語を一つずつ日本語に置き換えることではない。

誰が、何を得ようとして、どのように競っているのか。

そこまで考えて初めて、その文脈にふさわしい日本語が見えてくる。

今回の vying for influence も、「影響力を競いあう」という辞書的には正しい訳からもう一歩踏み込み、文脈全体を見たことで、

「しのぎを削って勢力の拡大をはかった」

という日本語にたどり着いた。


こういうところにも、英文解釈と翻訳のおもしろさがある。

 

 

英語の contingent on は、一見すると少し難しそうに見える。

しかし、意味を理解するのはそれほど難しくない。

基本的には、

be contingent on ... = depend on ...

と考えればよい。

つまり、

「……次第である」「……にかかっている」「……を条件としている」

という意味である。

たとえば、

Our trip is contingent on the weather.

と言えば、

Our trip depends on the weather.

とほぼ同じで、

「旅行に行けるかどうかは天候次第だ」


という意味になる。

ただし、contingent on は depend on よりやや硬く、ビジネスや契約、報道、論文などでよく使われる。

今日のGetUpEnglishは、この contingent on を depend on とあわせて学習しよう。

○Practical Example
"Is the deal final?"
"Not yet. It's contingent on approval from the board."
「この契約はもう決まったの?」
「まだだよ。取締役会の承認次第なんだ」


ここでは、

It's contingent on approval from the board.

を、

It depends on approval from the board.

と言い換える
ことができる。

ポイントは、contingent on のあとに「実現するための条件」が来ることである。

●Extra Point
contingent on は、未来の出来事について、

「Aが実現するかどうかはB次第だ」

という場合に特に使いやすい。

The picnic is contingent on good weather.
「ピクニックを行うかどうかは天候次第だ」

The project is contingent on securing enough funding.
「そのプロジェクトを実施できるかどうかは、十分な資金を確保できるかどうかにかかっている」


どちらも depends on に置き換えられる。

◎Extra Example
"Can we start construction next month?"
"That's contingent on getting the necessary permits."
「来月、工事を始められますか?」
「必要な許可が取れるかどうか次第ですね」


ここでも、

That's dependent on getting the necessary permits.

あるいはもっと日常的に、

That depends on getting the necessary permits.

と言うことができる。

☆Extra Extra Point
depend on は日常会話でも非常によく使われるが、be contingent on は少し改まった表現である。

たとえば友人との会話なら、

It depends on the weather.

が自然だが、契約書やビジネス文書なら、

The agreement is contingent on final approval.
「この契約は最終承認を条件としている」

のような表現をよく目にする。

だから contingent という単語に出会って身構える必要はない。

まず、

contingent on = depend on
「……次第である」「……にかかっている」


と考えてみよう。

そこから文脈に応じて、「……を条件としている」と訳せばよい。

12年前のGetUpEnglishでもこの表現を取り上げた。英語の基本表現は、時間を置いて別の用例で学び直してみると、以前よりずっとはっきり見えてくることがある。

 

12年前のGetUpEnglish「CONTINGENT」

https://ameblo.jp/getupenglish/entry-12912658275.html

 

今日の『風、薫る』はよかった。

 

直美の気持ちが、「家族を失うのが怖い」から「自分で新しい家族をつくる」へ反転する、とてもきれいな場面が描かれた。

https://mdpr.jp/drama/detail/4828990

 

小川と結婚すれば、りんたちの家から離れ、家族ではなくなってしまうのではないか。そんな不安を抱く直美に、りんが言う。

 

「お嫁に行ったって、家族なのは変わらないよ」

 

英語にするなら、

 

Even if you get married, you'll still be family.

 

くらいが自然だろう。

「お嫁に行く」を文字どおり go off to be a bride などとする必要はない。ここで大切なのは、結婚して家を離れても「家族であることは変わらない」というりんのメッセージである。you'll still be family とすれば、その気持ちが簡潔に伝わる。

 

りんの言葉に背中を押され、直美は小川に会うため田之上屋へ向かう。

ところが、約束の時間になっても小川は現れない。日も暮れかけ、直美があきらめかけたそのとき、小川が松葉杖をつきながら駆けてくる。作業中に骨折してしまったという。

そんな小川を見て、直美は思わず言う。

 

「何してるんですか、骨折してるのに走ったらだめでしょう」

 

What are you doing? You've got a broken leg! You shouldn't be running!

 

ここでの What are you doing? は、本気で相手を非難しているのではない。「そんな無茶をして!」という心配が言葉になったものである。

そして直美は言う。

 

「大事にしていてください」

Please take care of yourself.

 

日本語では何を「大事に」するのかを言わなくてもわかる。英語では take care of yourself とすればよい。

そして、言葉を詰まらせる小川に、直美はついに自分の気持ちを伝える。

 

「胸が…喉が、きゅってして…。だって好きなんです」

My chest… my throat gets all tight… Because I love you.

 

「きゅってして」は、恋する気持ちを身体感覚で表した言葉である。ここでは gets all tight とすれば、その感覚をかなり残すことができる。

また、「好きなんです」を I like you とすると、この場面では弱すぎる。直美がようやく自分の思いを口にし、そのままプロポーズへ進む場面なのだから、

 

Because I love you.

 

でよいだろう。

 

そして直美は、自分から小川にプロポーズする。

 

「ずっと一緒に…私と、家族になってくれますか」

Will you stay with me forever… and be my family?

 

単に、Will you marry me?と訳すこともできる。

しかし、それではこの場面でいちばん大切な「家族」という言葉が消えてしまう。

直美は小川との結婚によって、いまの家族を失ってしまうのではないかと怖がっていた。その直美に、りんは、

 

Even if you get married, you'll still be family.

 

と言う。

 

そして最後には、直美自身が小川に、

 

Will you stay with me forever… and be my family?

 

と語りかけるのである。

 

「家族を失うのが怖い」と思っていた直美が、「私と家族になって」と自分から言えるようになる。

だからこそ、ここを単なる Will you marry me? にしてはいけない。

 

翻訳では、ひとつの文だけを見れば意味の通る訳でも、物語全体の流れを壊してしまうことがある。同じ言葉が物語の前後でどう響き合っているのかを見ることも、翻訳ではとても大切なのである。