就活家族というドラマ、私なら絶対に作らない設定の意味 | 作家養成塾『遊房』の公式ブログ 「めざせ!公募小説新人賞」門座右京監修

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就活家族
http://www.tv-asahi.co.jp/shukatsukazoku/

というドラマがあるらしく、番宣でよくみますが、私ならまず企画があっても絶対受けないだろうな、というのは、4人家族がそれぞれ就活、つまり就職活動をし、たぶん結果として家族がひとつにまとまっていくというものなんだろうな、と思うんですが、私がこの番宣をみたとき、即座に思ったのが、4人全員がどうして職を探すんだろうと思ったことなんですね。

就職するという感覚が私にないからで、私なら仕事を作るという手段として、その職をどのようにして、利益に繋げていくかを考えるのが根底にあるからで、職業活動、職活を私は考えるということです。

たとえば作家という職業は、ものを書くのが仕事と思っている人がいるでしょうが、その書いたものをどのように収益に繋げるかということで、作家というのは生産製造業であり、かつ買い取り先を見つける営業職も兼ねる必要があります。

ということは、出版社が顧客ということになり、ために出版社に媚を売る営業をするわけですが、それで売れなければ、製造者の作家が悪いということになり、取り引き停止になります。
それで新しい出版社を探すのが作家の就活ということなんでしょうが、私なら出版社を作るという選択肢を選ぶと思うんですね。
つまり就職するのではなく、収益をあげるための販売会社を立ち上げることで、製造業の収益安定を図る選択肢を選ぶということなんです。

就活というのは、自分の職業を選ぶことから、どんどんずれていって、食えれば何でもいいというのも就活です。

食えれば家族が結束できるんでしょうか?

家族の結束を考えるドラマというなら、収益の安泰のための就職が決まればいいのか?ではあまりに軽薄な気がします。

こういう作品があります。
映画監督になりたい。
と思って、撮影所に就職しようとした人が、撮影所に就職できず、やむなく自分で映画を撮ろうと決心して、金儲けだけを目的にあくどい仕事でも手を染めていくんですね。
で、人が定年退職するまで働き続け、ようやく数億という金を手にするわけです。
彼はカメラマンなどスタッフを雇い、念願のファーストシーンのカチンコを鳴らすときが来るのです。

よーい、スタート!

カメラの向こうに見える景色は真っ白です。
ホワイトボードをアップで撮っているだけの映像で、ストーリーは終わります。

この作品で言いたいことは、自分の好きな仕事なりたい仕事につくために、努力を重ねても、結局、映画監督になりたかっただけで、どんな映画を撮りたいかではなかったので、何も撮るべきものがなかったという皮肉です。

この就活家族というドラマが、なりたい自分になるためのものであってほしいと願っています。