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月の光の輪


日日是幸日

先ほどウチに帰ってきて駐車場から空を見上げると、月のまわりに

光の輪がありましたキラキラ (ちょっと見にくいですが…)


明日は満月なんですね満月 


満月前後のこういった光の輪は「月のかさ」、

「月暈(つきがさ、げつうん)」などと呼ばれる現象だそうです。


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月を横切るように細長い龍のような雲が

西から東へと優雅に流れていました龍


写真ではわかりにくいのですが実際は大きな輪で

少し虹色がかかっています虹


明日なにかいいことありそうニコニコ

伊射奈岐神社~龍王山

今日は奈良県天理市にある伊射奈岐神社祟神天皇陵龍王山という

往復約10キロの道のりを歩いてきました歩く


龍王山は山の辺の道から仰ぎ見る山々の中では一番高く、古くから

雨乞いを行われていた山です山


目指すは龍王山山頂にあるという龍王社です龍

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9:00 まずは伊射奈岐神社で道中の安全を祈願



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169号線をはさんで伊射奈岐神社の向かい側に祟神天皇陵がある。


祟神天皇陵を横目になだらかな上り道を歩いていきます歩く

先に見える少しとがった山が龍王山山


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龍王山まで4キロの標識

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9:30 不動の滝入り口


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不動の滝


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石仏? なんやろ? 宇宙人? 


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歩き始めて40分ほどすると龍王山古墳群がある。

ところどころ写真のように洞窟の入り口のような穴が点在している。


6世紀~8世紀にかけての古墳で円墳と横穴が600基程あるらしい。

まさしく古代の墓地です。

こんなに古墳があるところを歩いていくのは、若干不気味でビビり気味(゜д゜;)


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スズメバチの攻撃を何度もかわしすずめ、ヘビを踏みそうになり巳

クモの巣クモの巣を顔面で何度も受け止めながら、けもの道のような道を

どんどん進んで行きます走る


歩き始めて1時間半。山道を抜け、車が通る舗装された道に出てくる。

道沿いに一つ目の龍王社に遭遇目


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看板に藤井田龍王社と書かれています。

小さい社ですがあまりの迫力に身震いがしました。


後ろの木が昇り龍に見えませんか?


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田龍王社からさらに10分程山を登ると、

柳本龍王社が現れました目


ここも小さい社ながらとても大きな存在感がありますキラキラ


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古代の人達はここで雨乞いをしていたんでしょうね。


今ここにいることに感謝し、龍神祝詞を唱えると爽やかな風が

吹き抜けていきました龍


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11:00 龍王山 三角点 (標高586m)


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山頂から見る大和盆地


山頂は中世の豪族、十市氏が築いた山城の跡。

今は建物はなくアスレチック風になってます。


ここで少し早目の昼食をとりました。

山で食べるおにぎりはほんまうまいんですよね~ニコニコおにぎり


11:45 下山開始


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12:00 長岳寺 奥之院 『不動明王石像』


下りは早いもので1時間半ほどで下山しました。

スタート地点の伊射奈岐神社に寄り、無事戻ってこれた事に

お礼を言い、帰路につきましたくるま。煙


【知らなかったんですが山頂近くまで車で行けるそうですあせる

今度龍王社に行く時は車にしよっと…(;´▽`A``】






熊野速玉大社

9月29日、熊野本宮大社をでてから車で新宮方面に向かい約1時間で

熊野速玉神社に到着ビックリマーク (以前記事 『熊野本宮大社』参照 ) 



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駐車場からすぐに御神門の前に行けるのですが、参拝するならやっぱり

鳥居をくぐりたいので正面鳥居前までぐるりとまわってきました(^~^)


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鳥居をくぐるとすぐ右手に手力男神社八咫烏神社が鎮座


(しまった!写真の撮り方で目を上に向けて笑ってる人の顔に見えてきた汗

不謹慎ですみませんあせる



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幹まわり6メートル、高さ20メートルの日本一のなぎの巨木です。


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手水舎の水口が変わってるんですよね~!?

なんで龍の鼻先がゾウみたいに伸びてるんでしょう???



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熊野速玉大社は、熊野三山のひとつとして全国に祀る数千社の熊野神社の

総本宮です。

今から約二千年ほど前の景行天皇五十八年の御世に、熊野三所権現が最初に

降臨した元宮である神倉山から現在の鎮座地にお遷りになり、これより

神倉神社の『旧宮』に対して『新宮』と申します。 (熊野速玉大社HPより)


昨年に熊野を訪れた時には、元宮である神倉山に登りました。

約500段の急勾配な石段はなかなかしんどかったですねあせる

今回は時間の都合上パス((>д<))


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拝殿後方に結宮と速玉宮があります。


【ご祭神】 ◆結宮   熊野夫須美大神(イザナミノミコト)<千手観音>

      ◆速玉宮  熊野速玉大神 (イザナギノミコト) <薬師如来>

      ◆上三殿  家津美御子大神 (国常立尊) <阿弥陀如来>
            天照皇大神 <十一面観音>

            高倉下命 


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◆八社殿  天忍穂耳尊<地蔵菩薩>

      瓊々杵尊 <龍樹菩薩>

      彦火々出見尊 <如意輪観音>

      鵜草葺不合命 <聖観音>

      国狭槌尊 <文殊菩薩>

      豊斟渟尊 <普賢菩薩>

      泥土煮尊 <釈迦如来>   

      大戸道尊 <不動明王>

      面足尊 <多聞天>


熊野では本地垂迹信仰があって元々の日本古来からの神様は仏が仮に

神の姿に変化してあらわれたものだという考えが広まっていました。


速玉大神は病気を癒す薬師如来として過去世の救済を担い、

夫須美大神は現世利益を授ける千手観音菩薩としての役割。

そして家津美御子大神は来世浄土へ導く阿弥陀如来として

位置づけられ、修験道の山伏や僧侶によって全国に熊野信仰が広まりました。


この本地垂迹の「が仮にの姿に変化している」という考えはあくまで

仏教側からの思想であり、神道側からしたら「が仮にの姿に

変化している」という考え方なんでしょうね!?


ん~なんかややこしくなってきた( ̄Д ̄;;



まあ~でも本宮新宮那智からなる熊野三山も元々は自然崇拝からきてて

熊野本宮の家津美御子大神神であり、

新宮の速玉大神は神倉山の磐座を、那智の夫須美大神を信仰の

対象としていたんですね。


「○○○神は○○○如来」だとかはあくまで人間が勝手に決めたことであり、

自然に対して畏敬の念を抱くという日本人が古来から持っていた、

そういう魂は根底に忘れずにもっていたいものですねニコニコ