伊射奈岐神社~龍王山
今日は奈良県天理市にある伊射奈岐神社~祟神天皇陵~龍王山という
往復約10キロの道のりを歩いてきました
龍王山は山の辺の道から仰ぎ見る山々の中では一番高く、古くから
雨乞いを行われていた山です![]()
目指すは龍王山山頂にあるという龍王社です![]()
9:00 まずは伊射奈岐神社で道中の安全を祈願
169号線をはさんで伊射奈岐神社の向かい側に祟神天皇陵がある。
祟神天皇陵を横目になだらかな上り道を歩いていきます![]()
先に見える少しとがった山が龍王山
龍王山まで4キロの標識
9:30 不動の滝入り口
不動の滝
石仏? なんやろ? 宇宙人?
歩き始めて40分ほどすると龍王山古墳群がある。
ところどころ写真のように洞窟の入り口のような穴が点在している。
6世紀~8世紀にかけての古墳で円墳と横穴が600基程あるらしい。
まさしく古代の墓地です。
こんなに古墳があるところを歩いていくのは、若干不気味でビビり気味(゜д゜;)
クモの巣
を顔面で何度も受け止めながら、けもの道のような道を
どんどん進んで行きます
歩き始めて1時間半。山道を抜け、車が通る舗装された道に出てくる。
道沿いに一つ目の龍王社に遭遇![]()
看板に『藤井田龍王社』と書かれています。
小さい社ですがあまりの迫力に身震いがしました。
後ろの木が昇り龍に見えませんか?
『柳本龍王社』が現れました![]()
ここも小さい社ながらとても大きな存在感があります![]()
今ここにいることに感謝し、龍神祝詞を唱えると爽やかな風が
吹き抜けていきました![]()
山頂は中世の豪族、十市氏が築いた山城の跡。
今は建物はなくアスレチック風になってます。
ここで少し早目の昼食をとりました。
山で食べるおにぎりはほんまうまいんですよね~![]()

11:45 下山開始
下りは早いもので1時間半ほどで下山しました。
スタート地点の伊射奈岐神社に寄り、無事戻ってこれた事に
お礼を言い、帰路につきました

【知らなかったんですが山頂近くまで車で行けるそうです![]()
今度龍王社に行く時は車にしよっと…(;´▽`A``】
熊野速玉大社
9月29日、熊野本宮大社をでてから車で新宮方面に向かい約1時間で
『熊野速玉神社』に到着
(以前記事 『熊野本宮大社』参照
)
駐車場からすぐに御神門の前に行けるのですが、参拝するならやっぱり
鳥居をくぐりたいので正面鳥居前までぐるりとまわってきました(^~^)
鳥居をくぐるとすぐ右手に手力男神社と八咫烏神社が鎮座
(しまった!写真の撮り方で目を上に向けて笑ってる人の顔に見えてきた![]()
不謹慎ですみません
)
幹まわり6メートル、高さ20メートルの日本一のなぎの巨木です。
なんで龍の鼻先がゾウみたいに伸びてるんでしょう???
熊野速玉大社は、熊野三山のひとつとして全国に祀る数千社の熊野神社の
総本宮です。
今から約二千年ほど前の景行天皇五十八年の御世に、熊野三所権現が最初に
降臨した元宮である神倉山から現在の鎮座地にお遷りになり、これより
神倉神社の『旧宮』に対して『新宮』と申します。 (熊野速玉大社HPより)
昨年に熊野を訪れた時には、元宮である神倉山に登りました。
約500段の急勾配な石段はなかなかしんどかったですね![]()
今回は時間の都合上パス((>д<))
拝殿後方に結宮と速玉宮があります。
【ご祭神】 ◆結宮 熊野夫須美大神(イザナミノミコト)<千手観音>
◆速玉宮 熊野速玉大神 (イザナギノミコト) <薬師如来>
◆上三殿 家津美御子大神 (国常立尊) <阿弥陀如来>
天照皇大神 <十一面観音>
高倉下命
瓊々杵尊 <龍樹菩薩>
彦火々出見尊 <如意輪観音>
鵜草葺不合命 <聖観音>
国狭槌尊 <文殊菩薩>
豊斟渟尊 <普賢菩薩>
泥土煮尊 <釈迦如来>
大戸道尊 <不動明王>
面足尊 <多聞天>
熊野では本地垂迹信仰があって元々の日本古来からの神様は仏が仮に
神の姿に変化してあらわれたものだという考えが広まっていました。
速玉大神は病気を癒す薬師如来として過去世の救済を担い、
夫須美大神は現世利益を授ける千手観音菩薩としての役割。
そして家津美御子大神は来世浄土へ導く阿弥陀如来として
位置づけられ、修験道の山伏や僧侶によって全国に熊野信仰が広まりました。
この本地垂迹の「仏が仮に神の姿に変化している」という考えはあくまで
仏教側からの思想であり、神道側からしたら「神が仮に仏の姿に
変化している」という考え方なんでしょうね![]()
ん~なんかややこしくなってきた( ̄Д ̄;;
まあ~でも本宮・新宮・那智からなる熊野三山も元々は自然崇拝からきてて
熊野本宮の家津美御子大神は木の神であり、
新宮の速玉大神は神倉山の磐座を、那智の夫須美大神は滝を信仰の
対象としていたんですね。
「○○○神は○○○如来」だとかはあくまで人間が勝手に決めたことであり、
自然に対して畏敬の念を抱くという日本人が古来から持っていた、






、ヘビを踏みそうになり
、








