新春浅草大歌舞伎 第1部 観劇 | 栢莚の徒然なるままに

栢莚の徒然なるままに

戦前の歌舞伎の筋書収集家。
所有する戦前の歌舞伎の筋書を週に1回のペースで紹介しています。
他にも歌舞伎関連の本の紹介及び自分の同人サークル立華屋の宣伝も書きます。
※ブログ内の画像は無断転載禁止です。
使用する場合はコメント欄やtwitterにご一報ください。

今回は前回に引き続き浅草公会堂で行われた浅草大歌舞伎の観劇の記事です。

 

新春浅草大歌舞伎 第1部

 

前日は所用があり第2部からの観劇でしたので改めて第1部の観劇となりました。

 

花道左横であった第2部とは反対にこの日は右側の席での観劇となりました。

 

客席

 

お年玉

 

第1部もお年玉の挨拶から始まりこの日は種之助の兄である歌昇の担当でした。

 

第1部とあって時間の押しもなく、衣装を忘れる事無くしっかり者の彼は前日の神楽諷雲井曲毬の大神楽の失敗や自身の出し物である熊谷陣屋の宣伝について短く語り直ぐ様次の本朝廿四孝ヘとバトンを繋ぎました。

 

本朝廿四孝

 

先ず最初の本朝廿四孝は以前に門之助の勝頼と魁春の八重垣姫で演じた際にも紹介した時代物の演目です。

 

主な配役一覧

    

八重垣姫…米吉
武田勝頼…橋之助
白須賀六郎…種之助
原小文治…巳之助
腰元濡衣…新悟
長尾謙信…歌昇

 

門之助の勝頼と魁春の八重垣姫で観劇した二月大歌舞伎の観劇の記事 

 

三姫の1つとされる八重垣姫は女形役者の目標とする難役とされ、今回は昨年9月の秀山祭で雪姫に初挑戦した米吉が本公演では初役で挑みました。

 

 三代目澤村田之助の八重垣姫

 
そんな米吉ですが観た限りでは卒なくこなせている印象でした。これは彼の生来の品の良さもあるかとは思いますが、出の勝頼の菩提を弔う悲哀から一転、障子の隙間から勝頼を見て一目散に駈け寄っての口説き、濡衣に否定されて自害しようとする短慮さなど姫らしい幼稚さと初心さが好く出来ていて初役とは思えない程でした。
ただ、1つ欠点を挙げると1ヶ所タイミングを間違えて義太夫と台詞が被ってしまった所がありこれは今後直して欲しいと思います。
対して橋之助の勝頼は容姿、台詞回し共に無難な出来で門之助同様こちらも安心して観れました。
父親の芝翫が柄では時代物の中心になるべき存在ながら高音部分でひっくり返る台詞回しの欠点で損しているのを何度も見ているだけに彼にはその欠点を受け継がず大成して欲しい限りです。
また、初日の第2部の熊谷陣屋では台詞回しに苦慮していた歌昇の長尾謙信ですが2日目のこの役はきちんと台詞回しも問題もなく前回見た錦之助よりも謙信らしさの点ではニンに合っていました。
そして第2部の相模では期待外れだった新悟の濡衣もこちらでは堅実な演技で橋之助と米吉のサポートに徹しており彼の時代物の役はこういった役の方が合うのだなと思わぬ発見でした。
この様に熊谷陣屋の巳之助ほど優れた出来栄えの人はいませんでしたが、米吉の八重垣姫はこれから回数を重ねて行けば何れ持ち役になるであろう素質は感じられた他、熊谷陣屋の出来から少々不安であった歌昇、新悟もまずまずといった感じでしたので全体としては65~70点くらいの完成度でした。
次は勉強がてら狐火を含めた半通しで観たいなぁと思いました。
 

与話情浮名横櫛

 

続いての与話情浮名横櫛は仁左衛門と玉三郎が昨年に演じた事でも記憶に新しい三代目瀬川如皐の書いた世話物の演目です。

 

主な配役一覧

 

切られ与三郎…隼人
お富…米吉
番頭藤八…橘太郎
蝙蝠の安五郎…松也
和泉屋多左衛門…歌六


初演時の切られ与三郎が八代目市川團十郎だった縁から異母弟の九代目市川團十郎が演じた他、初演のお富を四代目尾上菊五郎が演じた縁から菊五郎の名を継いだ五代目尾上菊五郎が得意役として演じる等、團菊双方が明治時代に演じた事から人気演目となり、團十郎の方は芸の後継者がいなかったものの、菊五郎の方は甥の十五代目市村羽左衛門が与三郎を受継ぎ、菊五郎の養子の六代目尾上梅幸のお富、一門の四代目尾上松助の蝙蝠安は「三絶」と称される出来栄えで何度も上演された事で現在も音羽屋系統の役者に引き継がれて演じられています。

 

明治15年7月、市村座での九代目市川團十郎の与三郎と三代目中村仲蔵の蝙蝠安

 

明治25年9月、歌舞伎座での五代目尾上菊五郎の切られ与三郎と五代目尾上榮三郎のお富。


また、伝説の女形である三代目澤村田之助が黙阿弥に頼み込んで男女を書き替えた「処女翫浮名横櫛」(切られお富)も人気演目となりこちらは一門の四代目澤村源之助が受け継いで一躍その名を広め今では源之助の芸を継承した五代目河原崎國太郎によって前進座でその命脈を保っています。

 

SNS上では初公開となる明治10年2月、南座での三代目澤村田之助のお富

 
そんな人気演目に隼人、米吉、松也のコンビで挑んだ今回ですが実は私、ブログには出していないもののコロナ禍による非常事態宣言明け1発目の8月と昨年の鳳凰祭で2度ほど切られ与三郎は見ていますのでその点で見比べてみると先ず隼人の与三郎は筋書でも書いている通り仁左衛門に教わっただけに非常に仁左衛門に似た2枚目系統の与三郎に仕上がっています。
台詞廻しや所作も初役にしては上々でありますがどうしても絶品の仁左衛門と比較してしまうと色気が足りない点や破落戸に意識が行きがちで幸四郎の与三郎の様な「元は良い所の若旦那のなれの果て」という点が薄いのは気になりますがこれから再演を重ねて行けばその辺は仕上がって行くかと思えます。
 
しかし、同じ初役でも米吉のお富に関しては個人的に何故かしっくりきませんでした。同年代の児太郎のお富と比べても決して顔や柄は悪く無く寧ろ恵まれている方なのですがこれは八重垣姫の所で褒めた生来の品の良さが災いしてまるで処女みたいな気がしてしまう部分があるからだと思います。いくら3年間手付かずという設定があるとは言え妾という境遇や与三郎が思わず手を出してしまう様な成熟した女性の色気が米吉の台詞廻しや所作からはどうしても感じられませんでした。(その辺は児太郎の方がありました)
玉三郎の様に五代目國太郎から直々に源之助系統の悪婆芸等を教われたという環境の違いを差し引いても彼は世話物の役には少々不向きな気がします。
かと言ってこの座組の中では新悟も莟玉も論外であり他に演じられそうな役者も見当たらないだけに致し方が無いとしか言えません。
 
また藤八の橘太郎と下女およしの蝶紫に関しても悪くはありませんが個人的に仁左衛門の時の松之助や歌女之丞に比べると垢ぬけし過ぎていて橘太郎に関してはお富にすり寄る助平ったらしさが足りず、蝶紫に関しては大店の番頭が囲っている妾の女中という独特の雰囲気はなくなんだか普通の旅館の女中さんみたいな気がしてなりませんでした。
松之助はいざ知らず、歌女之丞に関しては第2部に1役出てるのみなのでこちらは出来るなら彼に演じて貰いたかったです。
 
悪い評価ばかり続いてしまいましたが無論そんな事だけではなく蝙蝠の安五郎を演じた松也と和泉屋多左衛門を演じた歌六は3回の切られ与三郎の中でもずば抜けた良さでした。
まず歌六に関しては鳳凰祭の前に六月歌舞伎でやる予定だった時には蝙蝠安が振られていてニンの合わない配役に思わずガッカリした記憶がありますが和泉屋多左衛門に関しては大店の番頭としての品格、与三郎も思わず襟を正す気品と蝙蝠安をビビらせる程の貫禄を持ち合わせており過去2回の中車と権十郎など比較にならない程に完成されきった畢竟の出来栄えでした。
そして蝙蝠安の松也は正直白状すると今回の配役を見た時は然程期待していなかったのですがいざ見てみるとお富から金を強請ろうとする下卑た性根や与三郎と多左衛門の間に挟まると途端に地の臆病さを晒しだす小心者でありながら弱い藤八には強く出るチンピラの見本みたいな卑俗さ等々初役とは思えないほど完成していてどちらかと言うと蝙蝠安より藤八の様なスケベ爺っぽさがある彌十郎や全くニンではなくなまじ仁左衛門と玉三郎に挟まれて余計にか悪目立ちしてしまった市蔵と比べても一番理想に近い蝙蝠安でした。
蝙蝠安と言えば上述の通り戦前に右に出る者がいないと三絶の一角を担った四代目松助がおり、父親が六代目松助である事から松也は将来は松助を継げる資格がある立場ですが今回の蝙蝠安と宗五郎を見た後ではこのまま大過なく順調に進んで行けば将来松助を名乗っても行けるのではないかと言う期待すら持てました。
宗五郎といい、蝙蝠安といい今月のMVPは松也だと断言できます。
 
この様に出来不出来の差が結構ある演目ですが正直隼人、歌六、松也は素晴らしいだけに第1部の中では一番出来が良い演目と言えるかと思います。

 

神楽諷雲井曲毬

 

そして最後に上演されたのがどんつくこと常磐津の舞踊である神楽諷雲井曲毬です。

こちらは江戸末期の弘化3年に初演された物で派手な私生活の一環で宴会芸に造詣があった十二代目市村羽左衛門が太神楽の芸を用いたのとまだ18歳の初代中村福助(四代目中村芝翫)と四代目中村歌右衛門親子、三代目關三十郎、初代坂東玉三郎(初代坂東しうか)といった若手からベテランまで顔を揃えた配役で演じられたのが特徴でした。

 

主な配役一覧

 

荷持どんつく…巳之助
親方鶴太夫…歌昇
太鼓打…種之助
大工…隼人
子守…莟玉
若旦那…橋之助
芸者…米吉
白酒売…新悟
田舎侍…松也

 

主として踊るのは荷持どんつくの巳之助と親方鶴太夫の歌昇ですが今回は9人揃って踊る場面や源氏店で共演したばかりの隼人と米吉の2人や珍しく松也が踊る他、上述の太神楽を歌昇が担当しており浅草歌舞伎を卒業する9人が一堂に顔を揃える大顔合わせ演目としての祝祭的側面が強く出ていました。

因みに歌昇はお年玉でもハードルを上げたが為に初日はかなり失敗を繰り返したと述べていた通りこの日も2~3回程球を落としてしまうハプニングはありましたが成功率で言えば7割くらいは出来ており言う程失敗とは言えませんでした。

 

話を戻すとそういうお祭り的な側面は強かったものの、今回の第1部では他に原小文治で顔見せ程度に出て来ただけだった巳之助の踊りは実に達者で群を抜きんでた物があり唯のお祭り演目で終わらせない充実した出来でした。そんな巳之助と同じく歌昇も息の合った踊りを見せており、熊谷と謙信に加えてのこの役だけに弟にも劣らない大車輪ぶりでした。

 

個人的には第1部と第2部を見た限り、やはり松也の大車輪で全てを持っていった魚屋宗五郎がある第2部の方が満足感は高いですが、こちらの第1部は米吉の八重垣姫や松也の蝙蝠安、巳之助のどんつくなど各演目にそれぞれ1人づつ優れた役者がいる点では第2部よりかは出来が安定している点はあり、特定の推しの役者がいる人にとっては見やすくはあるかと思います。

来年からは新しい面子での浅草歌舞伎が始まりますが、この9人に負けない様な修行をして欲しいと思います。