二月大歌舞伎 第三部 観劇 | 栢莚の徒然なるままに

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今回は楽しみにしていた観劇の記事の紹介です。

 

二月大歌舞伎 第三部 観劇

 

本来はもっと遅くに見る予定でしたが偶然予定が空いた事もあって2日目に見る事が出来ました。

 

 

これまで数々の南北物を手掛けてきた仁左衛門の中で桜姫東文章、東海道四谷怪談、絵本合邦衢と並ぶ当たり役であるこの演目ですがこの演目も今回で一世一代とあって前回の国立劇場は見逃してしまった私にとっては一期一会のチャンスとあって観劇しました。

 

霊験亀山鉾

 

この演目は南北がまさに絶頂期とも言える東海道四谷怪談を書いた前年の文政5年8月に書いており、仇討を目指す人間が相次いで返り討ちに会うという従来の仇討物へのアンチテーゼとなっていてそれでいて多くの登場人物が個性的な死を遂げるなど絵本合邦衢とはまた異なる南北の殺しの美学に溢れたR18な作品に仕上がっています。

しかしながらこの演目は初演後は黙阿弥人気に押されてすっかり埋没してしまい、昭和7年8月に新橋演舞場で大歌舞伎を脱して結成されたばかりの前進座によって110年ぶりに復活しましたがその後再び忘れ去られ平成元年に二代目中村吉右衛門が57年ぶりに国立劇場で復活させた後、平成14年に仁左衛門が演じて以降、彼の出し物として定着しました。

仁左衛門は初めて手掛けた吉右衛門の時とは異なり主に作品の中盤〜終盤を中心に原作の八幕二十二場を四幕九場で再構成しています。

 

配役一覧

 

藤田水右衛門、古手屋八郎兵衛実は隠亡の八郎兵衛…仁左衛門

芸者おつま…雀右衛門

石井源之丞、石井下部袖介…芝翫

源之丞女房お松…孝太郎

石井兵介…亀蔵

若党轟金六…歌昇

大岸主税…千之助(代役 いちょう)

石井源次郎…種太郎

石井家乳母おなみ…歌女之丞

縮商人才兵衛…松之助

丹波屋おりき…吉弥

藤田卜庵…錦吾

仏作介…市蔵

大岸頼母、掛塚官兵衛…鴈治郎

貞林尼…東蔵

 

さて最初に藤田水右衛門と古手屋八郎兵衛実は隠亡の八郎兵衛の二役を演じた仁左衛門ですが、絵本合法衢で演じた左枝大学之助と立場の太平次同様にタイプの異なる実悪を演じ分けています。しかし、一世一代の時は時間の都合上で立場の太平次の死をカットしてしまったのに対して今回は三幕目の駿州中島村入口の場できちんと最期を描いており、2人の悪人の死に様が明確に描かれている点で絵本合法衢よりも面白みが増しました。

そして演技の点でも片や左枝大学之助と同じく毒を使ったり、落し穴を掘ったりと外法な手段を用いて石井家の人間を次々殺めていく冷酷さとしたたかさを持つ畜生外道タイプの水右衛門、片や藤田側の人間であり隠亡という地位にあり刺青を入れる等決して善人とは言い難いものの、殺しはしておらずあくまで廓で恥をかかされた仕返しにおつまを殺そうとするチンピラ崩れタイプの八郎兵衛という顔以外は似ていない悪役を声や仕草できちんと演じ分けていた点は絵本合法衢の時同様に見事な腕前でした。

その技量は丹波屋の場で偽手紙を渡される場面で古手屋八郎兵衛が20両に目が眩み藤田水右衛門っぽく演じ分ける部分でよく現れていてそれまで屈託のない遊び人の八郎兵衛から一瞬にして水右衛門っぽくなる所は顔の作りから声まで鮮やかな位の変わりっぷりでその直後に水右衛門との早替わりも含めて変幻自在と言えました。

また余談ですが私が見た2日目はSNSでは既に知られていますが焼場の場で八郎兵衛から水右衛門への早替わりの際に奈落からの出る箇所でトラブルが多発し、棺桶の一部が登場前に壊れた他、出る位置の高さを誤ったらしく地声で「下に、下に」と大道具に声を掛けるも調整が上手く行かず下げ過ぎて今度は「上に、上に」て指示するなど1分ほどまごついてしまった他、その時に足を負傷したらしく大詰の仇討の場では右足を痛そうに引きずって演じていましたが何れのトラブルもめげる事無くきちんと演じ通した事は素晴らしいプロ精神でした。

 

次にこちらも石井源之丞、石井下部袖介の二役を演じた芝翫ですが、源之丞に関しては返り討ちに合う1人ですが前半の主人公ともいえる存在で仇討を志す身でありながら妻子持ちで且つ芸者のおつまとぞっこんという私生活そのまま色男キャラでもあるという南北の仇討への醒めた見方が投影されている人物でもあり、多少の誤算があったとは言えまんまと水右衛門の罠に嵌まり水右衛門に「遊郭で遊んでいるから返り討ちに合うんだ(要約)」と言われてしまう少々情けない人物をよく演じきれていると思います。

ただ、先月も指摘しましたが彼は台詞廻しは兎も角、声質に難があり、低音にしすぎると潰れて聴こえ辛く、高音になると幸四郎に似て少々聴こえ辛くなるきらいがあり、これは袖介との演じ分けという意味もあったのかと思いますが、折角顔が良いだけに声の部分で損をしているのではと思えてしまいます。

ただ、袖介になってからは実直な武士を卒なくこなしていてこちらは安定した演技でした。

彼は間違いなく今の大幹部亡き後、次の世代に襷を繋ぐポジションにいる訳ですが、家の芸である熊谷陣屋を除くとこれだというポジションや役がなく住所不安定気味ですが、10月の加賀鳶の道玄に挑戦するなど世話物に挑戦する姿勢を見せているだけに4月の明治座で絵本合法衢に挑む幸四郎に先を越されない様に仁左衛門の得意とする南北物を1つで良いから継承して次世代に繋いで欲しいです。

 

そして個人的に今回の役者の中で仁左衛門に次いで良かったと思えたのがおつまを演じた雀右衛門でした。

彼に関しては今まで多くの役を拝見してきましたが、井伊直弼や弁慶上使、熊谷陣屋といった武家の女性役で凛とした役ではそのニンの良さがピッタリだなと思う反面、沼津のお米や夏祭浪花鑑のお辰などではその品の良さが上品過ぎて却って役に合わないなと思っていました。ただ、私はある事情で見なかった昨年9月の秀山祭でのおかるが絶品だったと聞いて今回期待して見たのですが、その期待は裏切られる事なく遊女でありながら惚れた男の為に八郎兵衛に取り入ったり、源之丞の死骸を引き取り仇討として女がてらに八郎兵衛とおりきを殺す等、八面六臂の大活躍でした。特に八郎兵衛との立廻りでは本水を使っての派手な演出で髪や衣装が解けながらも八郎兵衛に打ちかかる姿や倒れた姿の艶やかさなどは今まで遊女役の彼を見てもさして何も思わなかったのですが、今回は「可愛くて健気だな」と初めて感情移入出来ました。

それだけに前述の仁左衛門のアクシデントで1分近く中断があり張り詰めていた舞台の糸が切れてしまった感は否めず彼の非ではないとはいえ、残念でした。

また、脇ではおりきを演じた吉弥、敵ながら滑稽な掛塚官兵衛を演じた鴈治郎が良く、特に鴈治郎は芝翫と違って非常に声が良いだけに家の芸には不向きですがこうした悪役になるとピカ一であり仁左衛門の八郎兵衛とやり取りもコミカルながらも決して下品にはならず楽しめました。

更に最後に一幕だけ出てくる市蔵、東蔵も僅かな出演時間ながら要所を締めており、今回はベテランの脇が揃っているお陰で休憩1回だけで3時間近い演目をダレる事なく楽しむ事が出来ました。


ただ、敢えて難を言えば通しとは言え、前半の多くをカットしている為に所々幕を閉めての解説で説明して補ってはいますが錦吾演じる藤田卜庵の死に関してもカットしている為に何でノコノコ水右衛門が亀山まで出向いて来た理由や袖介が秘伝の写しを持っているのかが今一つ説明しきれておらずこの辺りの課題は次にやる役者がどうするのかが問われるかと思います。


何でも今月は客足がまだイマイチと聞いていますが、裏を返せばヒマさえあれば見れるチャンスがまだ残っていないいるという事でもあるので3階席までならお釣りが来る位良い演目なので未見の方は是非オススメします。