大正8年9月 帝国劇場 女優劇その5 勘彌の女優劇公演 | 栢莚の徒然なるままに

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今回は久しぶりに帝国劇場の女優劇公演を紹介したいと思います。

 

大正8年9月 帝国劇場

 

演目:

一、女鳴神

二、一家族

三、出雲阿国

四、日蓮聖人辻説法

五、蘭蝶

 

帝国劇場名物の女優公演も前年の4月に勘彌が加入した事により大きな変化を迎えました。何せ市村座時代から新劇、翻案劇に盛んに挑戦を試みていた勘彌という打ってつけの人材が加入した事もあり新作などにおいても自ら協力し率先して出演するなど幸四郎に次ぐ適材を得た事で様々な試みが可能となりました。また古典演目においても宗十郎に次ぐ和事の出来る役者を得た事により宗十郎が苦手とする上方和事などにも積極的に取り組んでいた事は前に紹介した演芸画報でもご存知の通りかと思います。

 

前回紹介した演芸画報 

 

今回も勘彌は女優達と残留した松助を脇に従えて新作、歌舞伎十八番の書き替え、紀伊国屋のお家芸である和事などジャンルレスに挑戦しています。

 

女鳴神

 
一番目の女鳴神は有名な歌舞伎十八番の一つ鳴神を男女を書き替えた物で古くは江戸時代から存在した演目となりますがこの時は明治24年9月に歌舞伎座で上演した三代目河竹新七と福地桜痴によって書かれた増補女鳴神を基にしています。
内容としては戦国時代に話を移し鳴神尼は実は松永久秀の娘初瀬の前であり、信長に滅ぼされた父久秀の怨みと称して龍神を封印し雨を降らせず困らせようというどちらかと言えば悪役寄りの人物になっています。そして封印を当麻之助が破り雨が降ると怒りの余り暴れるもそこに現れた佐久間信盛に押戻されるというオチも付いています。
今回は鳴神尼を嘉久子、雲間の当麻之助を亀蔵、佐久間信盛を勘彌がそれぞれ務めています。
さて、劇評ではどうだったかと言うと
 
嘉久子の鳴神尼実は松永久秀の息女初瀬の前も罪なこと、それは織田信長に恨みあっての祈り、これは帝劇見物し汗を瀧となしての扇づかひ、亀蔵の雲の当麻之助涼しさうに振事あり、ゴロゴロの鳴神尼をコロリとさせて夫婦固めの盃事、画像の龍王もこれを見て焼けることおびただしく自ら火を発して消え失せれば濡場を抜けて当麻之助、名剣を振って七五三縄を切払ふに、封じ籠められたる龍王、溜雨一度に振り下せば旱魃変じて潤澤世界、鳴神怒りはためて荒にあれたるその處へ勘彌の佐久間玄蕃信盛(中略)いふ勢ひの押戻し、恐ろしかりける事共の鳴神の法術敗れて急大雨を玄蕃て防ぐ派茶ありてよし、イヤ急雨は茶の毒、澄まして濾すべし、これにて場内涼味を少しく感じたるは一同手柄といふべきなり
 
とかなり大味な評価となってはいますが、当時の酷暑続きの見物でも涼味を感じれる位の演技はあったと評価はされています。
少し先の余談ですが、この後帝国劇場では僅か3ヶ月後に今度は歌舞伎十八番の方の鳴神を上演をする事になります。
 
一家族

 
二番目の一家族は以前から帝国劇場の女優劇に何度か作品を提供していた小説家佐藤紅緑の書いた現代劇の演目です。
余談ですが、佐藤紅緑は「あゝ、玉杯に花うけて」に代表される少年小説の大家として、あるいは詩人サトウハチロー、劇作家大垣肇、作家佐藤愛子の父としてつとに有名ですが意外にも「あゝ~」を執筆したのは昭和2年と彼にしてみれば晩年の作であり、若かりし頃は正岡子規門下の四天王の1人として俳人の活動や新聞小説や海外の小説作品の翻案、そしてこの様に一時期本郷座の座付作者を勤めて新派の舞台作品を書くなど劇作家としての一面もある多彩な才能を持つ人物でした。
さて純然たる現代劇である今回の演目の内容は3人の娘と亡き長男の嫁を含む6名の稲垣家が家の中から200円の大金が盗まれたのを機に家族が互いを疑い最後はバラバラとなり崩壊していくという少々後味の悪い物となっています。
今回は唐木敏男を横川、お末を早苗、おせんを房子、稲垣貞三を森、お浅を延子がそれぞれ務めています。
さて劇評はこちらの演目について
 
延子のお浅姑の罪を引うける心持あはれにてよし
 
とかろうじて延子のお浅のみ言及していてあまり言葉数は少ないものの評価しています。
もう少し何か欲しい所ですが、劇評も女優劇になると普段と違う故か書くのがいつもと異なり余り鋭く書かない事が多く(岡鬼太郎みたいな例外はいますが)今回の様な現代劇となると特にそれが顕著に目立ちます。
 

出雲阿国


三番目の出雲大国は伊原青々園が明治43年6月に書いた新歌舞伎の演目となります。
伊原の生まれ故郷である島根に縁の深い出雲阿国を題材に阿国と同じく歌舞伎踊りの始祖とされ、実在した人物である名古屋山三を出して彼女との出会いを書いた物語で山三の浮気相手の1人も言われた淀君や石田三成も登場させて山三が仕えたとされる蒲生家の復讐なども絡めてかなり大きな物語にしています。書いてすぐに劇化されて歌舞伎座で上演されました。奇しくもその時は伊原と同じく島根出身の二代目市川女寅が六代目市川門之助を襲名した公演でもあり、この演目は襲名披露狂言として選ばれ門之助が出雲阿国を演じました。
今回は襲名も何もない事から山三演じる勘彌の出し物となっており、名古屋山三を勘彌、出雲阿国を律子、淀君を菊江、腰元関屋実は不破万作を亀蔵、前田徳善院を松助がそれぞれ務めています。
さてこの演目はどうだったかと言うと
 
勘彌の名古屋山三は弁舌爽やかにてその人物も心持もよく通りたり、伴作の介錯をするとき我も汝も世に知られたる美少年なるがといふはその頃も世評であったとしても自らいふは塩が辛すぎたり
 
と劇中の台詞が気障に聞こえる部分はチッくと皮肉られていますが、美少年役者という設定を上手く活かした演技と台詞廻し評価されています。対して出雲阿国を演じた律子も
 
律子の阿国は先の女寅の役なりしを大いに仕活してこの役の為に外題も響きを揚げたりといふべし
 
と歌舞伎演目とは言え僅か10年ちょっと前の新作とあってか女優が演じても然程違和感を感じさせずにキチンと主役として演じきれている事をこちらも評価されています。
 
勘彌の名古屋山三と律子の出雲阿国

 
一方、その他の役者も
 
菊江の淀君はこれは自惚の他惚、塩の甘辛の論ではなく苦り切たる事共を能く演じたるは酷暑中もっとも暑しろいふべし
 
亀蔵の伴作は腰元関屋のちひだもその心持ほの見えて大いによし
 
松助の前田徳善院は暑いに御苦労
 
とどれも好演ばかりだったらしく、こちらは今回の中で最も出来が良かった演目だった様です。
 
日蓮聖人辻説法
 
四番目の日蓮聖人辻説法は前回の歌舞伎座頭の筋書でも紹介した森鷗外の書いた時代物の演目です。
 
参考までに前回の歌舞伎座の筋書 

 
前回の初演の時は賛否両論入り混じる形となったこの演目ですがそれから15年を経た事もあり、今回は大胆にも禅僧役を女優にやらせたりするなどすっかり帝劇仕様となって上演されました。
今回は日蓮を勘彌、徒弟日朝を玉三郎、比企大学の娘妙を律子、進士善春を亀蔵、比企大学を松助がそれぞれ務めています。
さて、こちらも気になる劇評ですがまず日蓮を演じた勘彌について
 
勘彌の日蓮、多勢の迫害を被りながら更に怯まず、説法を続けて、進士太郎の説甲斐あらんと見て足を止め、熱心に法を説く気持決心見えて大いによし
 
と初演の中車と比べても一番似つかわしくないであろうこの役を意外にも(?)大真面目に演じたらしくきちんと評価されています。
 
また初演時は養兄羽左衛門が演じてこの役を境に評価を上げていったとされる進士太郎を演じた亀蔵も
 
亀蔵の進士太郎むづかしき台詞を能く覚えるばかりか、本心より出(いで)る態度大によし
 
とこちらも台詞廻しも含め評価されていて養兄の名を辱める事は無かった様です。
また、初演時は梅幸が演じた妙を演じた律子は
 
律子の妙も父と共に日蓮聖人を信じ、夫と想ふ進士太郎が信者になりし悦びと我愛とともにあらはれて雪の中に花あるの趣添へたり
 
と歌舞伎劇の中では得意の八面六臂の演技力も控えめだったものの、物語壊す事無くそれでいてきちんと色を添える役割はきちんと果たせていたそうです。
そして今回唯一初演時も禅僧役で出演を果たし今回は比企大学を演じた松助も
 
松助の比企の大学、日蓮に帰依してそれを庇護し、他国侵過難とは蒙古襲来をさす事と進士太郎を諭し、娘妙をもかばふ情自然に見えてさすがなり
 
と年の功からか武士として危機感と父としての情が出ているとこちらも評価されました。
 
勘彌の日蓮、亀蔵の進士善春、律子の妙、松助の比企大学

  
この様にこちらも歌舞伎役者、女優揃って好評で前に幕と同じく当たり演目となった様です。
 
蘭蝶

 
五番目の蘭蝶は紀伊国屋のお家芸として知られる世話物の演目となります。元の外題を若木仇名草といい、安政二年に清水先勝軒によって書かれました。本家紀伊国屋ですら本公演で1度も上演していないこの演目を女優劇公演で勘彌が演じてしまう辺りに帝国劇場の良く言えば前例無視、悪く言えば適当さが伺えます。それはさておき、内容はというと吉原の遊女此糸の元に足しげく通う蘭蝶は偶然伯父である翅源左衛門とばったり出会い、腰の名刀を与えてお家を悩ます籬姫の身替りとお家の家宝である茶入を手に入れて来いという頼みを受けます。
一方此糸は蘭蝶の妻お宮から蘭蝶との愛想尽かしを頼まれ渋々承諾し鞠ヶ瀬伝蔵のいる前で蘭蝶に愛想尽かしを行い、とうとう怒ってしまった蘭蝶が伯父から貰った刀で大暴れし伝蔵を殺害し、此糸も殺害しようとするも紀伊国屋文左衛門に化けていた将軍家の密使である唐崎近江守から伝蔵が茶入れを盗んだ犯人であり、此糸が伝蔵から貰った茶入れを差し出し無事家宝を取り戻すと共に此糸の愛想尽かしが嘘であった事を知り命を懸けて愛人に尽くす心持に感謝しつつ籬姫の身替りとして此糸に手を掛ける…という話になっています。
今回は桜川蘭蝶を勘彌、此糸を浪子、紀伊国屋文左衛門実は将軍家密使唐崎近江守を介十郎、翅源左衛門を松助がそれぞれ務めています。
さて宗十郎と言う適役がいながら蘭蝶を務めた勘彌ですが劇評では
 
勘彌の蘭蝶が辻占売の提灯の灯で手紙を読むも吉原をはなれたる心地す
 
と流石に初役で遊び惚ける幇間役は難しかったのか何処か遊び人離れした所が見えると不評でした。
また介十郎演じる唐崎近江守が紀伊国屋文左衛門に化けて遊んでいるふりをしている場面も
 
介十郎の紀伊国屋文左衛門が幇間大勢連れての出も少し化されの体なり
 
とこちらも生粋の遊び人はとても見えなかったらしくこちらも不評でした。
この様に役者勢は思はぬ不調だったのに対して女優勢は良かったらしく
 
浪子の此糸も花魁らしく、嘉久子のお宮の情知りの女房らしく共によし
 
と好評だったのが伺えます。
流石の勘彌も市村座での活躍こそ目覚ましいものがありましたが、なまじ真面目熱心な分、この様な遊び人の役には裏目に出て鴈治郎や宗十郎には到底及ばない物があるという結果を思い知らされる形となりました。
 
因みに今回は恒例の二の替りはなく、そもそも月の前半にロシアのグランドオペラ団を招いて公演を行っており、今回の公演が言わば「二の替り」としての公演となりました。
そして歌舞伎座の方も修繕が終わり、帝国劇場も幹部連中が戻ってきた所で秋の勝負月である10月を迎える事となります。
勘彌が出た女優劇公演の筋書もまだ持っていますので改めて紹介したいと思います。