歌舞伎・新派・新国劇 上演年表 第6版 | 栢莚の徒然なるままに

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今回は超上級者向けの歌舞伎の本を紹介したいと思います。

 

歌舞伎・新派・新国劇 上演年表 第6版

 

 

こちらは歌舞伎研究会三田会のメンバーである小宮麒一氏が独自に編纂・自費出版されている歌舞伎の上演記録をまとめた本となります。

 

タイトルにもある様に明治元年から平成18年までの138年間の東京での歌舞伎を中心とした演劇の上演記録を記していてその対象は新派、喜劇、新国劇、宝塚、現代劇果ては滝沢歌舞伎まで多岐に渡ります。

そして記している劇場の数もまた凄く歌舞伎座、明治座、帝国劇場といった大劇場に留まらず宮戸座、壽座、公園劇場、観音劇場といった小芝居までを完全に網羅し、はっきり言って自分も全く存在を知らなかった僅か数年で消滅した無名の劇場まで記すなど小宮氏の50年あまりの研究の金字塔とも言えます。

私もこのブログを書く上でも、また同人誌で書いてる戦前の役者の出演記録書を書く上でかなりの面で参考にさせてもらっています。

 

基本的に劇場を中心として1~2ページで1年間の内容を纏め

 

・上演演目

 

・公演日程

 

・出演した役者(歌舞伎だと幹部役者のみ)

 

とシンプルに構成されています。

そして典拠となった資料について1P目に早見表が作られていてアルファベットで何の資料に基づいているのかも記されています。

またページの両端には

 

・右側…その年に初舞台を踏んだ役者と襲名をした役者(月と劇場名付き、ここには上方の役者も含まれています)

 

・左側…その年に亡くなった役者と享年

 

が記してあり、更に下部には備考欄として史料間の相違がある場合や版を重ねる時に間違いに気付いた箇所の修正が記してある等かなり良心的な作りになっています。

この様に至れり尽くせりの資料となっていますが、読まれている方はふと疑問に思ったのではないでしょうか、

 

何故そんな至れり尽くせりの資料が超上級者向けなの?

と。

 

そう、この素晴らしい資料が多くの研究者に何故見向きもされないのかというと自費出版とあって商業出版物に比べて入手難易度が高い事も挙げられますがそれ以上に

 

歌舞伎役者の最低限の基礎知識が無いと全く理解できない位に省略され過ぎて書かれている

 

からです。

それでも明治5年以降のまだ公演が少ない明治時代初期はまだスペースに余裕がある為か役者の名前もフルネームで記してくれています。

 

明治元年から5年までの書き方

これはまだ初心者でも理解可能

 

 

明治中期の書き方

一番分かりやすい頃

 
が、次第に公演数が増してくると紙面の都合もあり大量の公演数を1枚にまとめようとした結果、役者名を段々省略する様になります。
 

明治後期の書き方

三文字の役者は省略されているのが分かります。

左に縦書きで書いてあるのがその年に亡くなった役者

 
そして大正時代に入り小芝居が隆盛を極める様になるととうとう役者名を1文字の略語で記す様になり、ある程度戦前の歌舞伎の基礎知識がないと何が書いてあるのかまるで分からないという暗号状態になっていくからです。
例えばこの前紹介した大正7年1月の歌舞伎座の項目を見るとこう書かれています。
 
 
虎彦 花の御所
国姓爺 甘輝館
野崎村
鳥目の一角
靭猿
 
これは訳すと
 
(主な出演者)
歌右衛門
八百蔵
羽左衛門
段四郎
猿之助
小團次
仁左衛門
 
(演目)

花の御所

国性爺合戦
新版歌祭文
初音里恋仮名文
寿靱猿

 
と書かれています。
 
参考までに大正7年1月の歌舞伎座の筋書


この様に役者名も分かりづらければ演目名も通称や場面で書かれている事も当たり前で中川や小谷野の様なまるで歌舞伎に関する知識がない三流以下の人間が読んだところで何が書いているかすら分からない状態になります。
 

大正時代の書き方

 
 
小芝居に至ってはこんな感じで出演している役者の名前は下部の備考欄にひとまとめにされてる劇場もあります。
 
また脇の初舞台を踏んだり襲名した役者や亡くなった役者の一覧についても一例をあげると
 
尾上多見之助→多見蔵(3)、實川秀雄→延太郎(2)
嵐徳三郎→璃寛(5) 5(本では上下の括弧付)
市川八百蔵→中車(7)、市川松尾→八百蔵(8)、市川蝙蝠→小太夫 10歌
 
とありこれも訳すと
 
尾上多見之助は三代目多見蔵、實川秀雄は二代目延太郎 (2月の浪花座で襲名)
嵐徳三郎は五代目璃寛 (5月の中座で襲名)
市川八百蔵は七代目中車、市川松尾は八代目八百蔵、市川蝙蝠は二代目小太夫 (10月の歌舞伎座で襲名)
という事で名跡の後ろの数字は代数であり、東京の劇場で襲名した場合はその後に襲名した月と襲名した劇場名が記されますが、大阪での襲名は襲名した月のみで劇場名は記されていない等とこちらもきちんと理解していないと何が何だか分からない仕様となっています。
 

昭和時代の書き方

 
この様にタダでさえ入手難易度が高い上に手に入れても読んで理解するに至るまでかなりの知識と勉強を必要とする為、これだけ素晴らしい情報量が詰まっていながらあまり参考資料として活用されていないのが事実でもあります。
また、出演している役者についても殆ど大幹部の一部が列挙されているのみで名題下は無論の事、名題役者でも掲載されていない事がしばしばあり、また書かれている劇場もこれだけ多岐に渡る為にあくまで東京の劇場のみとなっており近接する横浜の劇場の情報は皆無であるなど情報量の幅があまり広くないのもこの資料が活用されない一つの原因とも言えます。
 
しかし、見方を変えればきちんとした歌舞伎の知識を習得している人が読めばこれほど心強い資料は他に存在せず特に小芝居の記録に関しては氏の丹念な調査もあって大谷図書館や演劇博物館にすら資料がない公演もきちんと記されているなど今尚その重要性は計り知れないものがあります。
小宮氏は今ご存命なら91歳とかなりの高齢であり、定期的に出していたこの本もこの後は更新しておらず他に配役総覧という演目の配役を小芝居まで含めて詳細に書き記した本も出していますがこちらも平成23年に出した第7版を最後に止まっておりこれ以上出す事は無いと思われます。
それだけに配役総覧の第7版と共に小宮氏の研究成果の最高峰とも言えます。
まあ、まず出て来る事は稀ですが戦前の歌舞伎について奥深くまで知りたいという方がいましたらオークションなどで見かけたら絶対に手に入れる事を強くお勧め致します。