晴れた月曜日。
立春です。
暖かいです。
予報ではまた寒くなるそうですが、今日は暖かいです。
今日の関東では春一番が吹くとか吹かないとか。
さいたまでは空気が落ち着いていて、春一番が吹きそうにもないですけれど、もし吹いたらこれ以上なく早い春一番になります。
ただすぐに寒が戻ってくるようなので、まだ三寒四温と言うわけにはいかないです。
昨日の節分では歳の数だけ落花生を食べるのは無理でした。:-P
恵方巻きの習慣は無いので食べませんでした。
お伊勢参りの続きです。
これが最終回になります。
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お伊勢参りの最終日。
今日は昼過ぎには東京へ向かいたい。
だから午前中に神宮徴古館を友人に案内してもらって、その足で帰る予定だ。
ホテルの前で友人の車を待つ。
ボーっとしていると路線バスがやってきた。
後部分に「祈る皇女斎王のみやこ 斎宮」(明和町)と言う看板が付いている。
さすがは伊勢。
でも、斎王のみやこさん、なんて皇族がいたかかな?、と考えてしまう。
斎王の都、と言う意味なんだなと気がついたのはしばらくしてから。
友人の車に拾ってもらって神宮徴古館に行く。
ところがまさかの休館日で見学ができない。
さて、困った。
そこで駅前でみた看板を見たことを思い出して斎宮歴史博物館を見学することにする。
徴古館の隣には倭姫の宮があるのでまず参拝する。
倭姫は伊勢の内宮の創建にも深くかかわっていて、伊勢の初代斎王(斎宮)でもある。
垂仁天皇の娘でヤマトタケルの叔母さん、ヤマトタケルを相模国造の襲撃から救った草薙の剣と火打石を渡した人(古事記)でもある。
義理のお母さんの迦具夜比売はかぐや姫のモデルだったかもしれない人。
おや、かぐや姫は月へ帰らなかったんだ。
斎宮歴史博物館は少し遠かった。
あちこちに螺鈿埋め込んだ立派な建物に驚く。
斎王の暮らしや食事、生活環境などが模型で観ることができる。
斎宮とは本来は伊勢の斎王御所(つまりは斎王のみやこ)のことを指すのだけれど、斎王(内親王の巫女)は賀茂神社にもいるので伊勢の斎王を指して斎宮と呼ばれることもあるそうな。
斎宮の一人に菟道皇女と言う姫がいて、この方は不祥事があってすぐに辞めている。
この菟道皇女は敏達天皇の時代の斎宮なのだけれど聖徳太子の妃の菟道貝蛸皇女(敏達天皇と推古天皇の皇女)と同一人物であるかどうかは定かで無いそうな。
伊勢の斎王は南北朝時代まで断続的に続いたとのこと。
斎宮から内宮までは遠い。
直線距離でも15km以上離れている。
どうしてこの地に斎宮を設けたのかは、よくわからなかった。
次に向かったのが、「いつきの宮歴史博物館」。
ここでは友人に勧められて木靴を履いてみた。
思ったよりも歩きやすい。
でも、これでセパタクローみたいな蹴鞠をするのは難しかったろうな。
昼食は友人お勧めのウナギ屋さんでうな重(まぶし)を食べる。
大き目の重箱を開けるとごはんの上にみっしりと敷き詰められた少し香ばしいうなぎが顔を覘かせる。
このウナギが香ばしくて旨い。
量が多いかな?、と思ったのだけれど、一気に完食してしまいまった。
ごちそうさまでした。
満腹。
今回の伊勢旅行で、体重が 3kgは増えたと思う。
不思議と豪華な宇治山田駅で友人と別れて近鉄、新幹線と乗り継いで東京へ向かう。
お伊勢参りはとても楽しかった。
伊勢を案内してくれた友人は現代の御師さんでした。
ありがとうございました。
(終わり)
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さて、そんなわけで月曜日。
週の始まりです。
今日も一日ガンバロー。
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行きました。
南禅寺から哲学の道を歩いていったのさ。



