うわー。


劇場版マドマギすっげー!


ネタバレになるからストーリーについては触れないけれど、これは大ヒットするわけだよ。


年取って涙腺弱くなってるのもあるのかな?ってくらい、半分くらい経過した辺りから断続的に涙を誘うのだ。


涙ぐむ→アクションシーンでセーフ→涙ぐむ→アクションシーンでセーフの繰り返し。


そんなに泣くようなシーンでもないのに、どうして涙が出るのか思考してみれば、これまた驚いてスゲーしか出てこない。


声の演技に悲しみが乗ってるんだよ。


そんな技術って実在するの!?って信じられないレベルで。


泣くようなシーンじゃないんだけれど、最後まで見てしまうと納得させられてしまうのだ。


この物語を知っていたら、演者さんも哀しいって感情を載せた演技が出来るわけだよ。


その演技に泣かされてしまっていたのだ。


分かり易く表現すると、演者さんが悲しみを全開にしているから、その感情に引っぱられて貰い泣きする、って感じだ。


慟哭のような泣き声で苦しみを語られたり、失恋した友達に貰い泣きしたり、声に引っ張られた経験、諸君にもあるはずだ。


それを、まったく関係ないシーンでも声に哀しみを載せているから引っ張られてしまう。


こりゃ凄い。


いや、凄まじい。


可能なのだろうか?私が年老いて涙脆くなっているだけなんじゃ?と否定しようにも、リピーターの数が現実だと物語ってしまう。


ここまで感情を揺さぶられる理由を精査して観る変態なんていないだろうが、訳も分からず感動したから再び観ようって動きになるはずだよ。


それだけなら実写映画を観に行きゃいいんだって答えになるじゃないかね。


なに?泣きが欲しいの?ほら泣き専用の可哀想なの作ったから観ろよ、って映画も沢山あるじゃないか。


そこでアニメーションというファンタジーが許される土壌の出番だったのだ。


この映画のテーマって自己犠牲なんだよ。


有り得ないくらいの自己犠牲が集まった物語。


実写でやったらリアルじゃないと笑われる、本来の映画が持つ役割りを全うしてしまったのだ。


だって、有り得ないでしょ?


誰もが誰かを想って自分を差し出せる世界なんて。


だからファンタジーだし、人類が求めて求めて諦めたふりして求め続ける欲しい世界。


それがオタク向けのスキン被せた形で、世に出ちゃってるんだよ。


エンターテインメントとして成立しながら、原初の感情を刺激する娯楽って。


そんなの作れるのかね?


てか、もう作られちゃってるんだよね、これ。


そこまで期待してなかったし、これで作品の大ファンになるには老いてしまっているが、これを超える映画って数年間は出ないよ。


これを観る事で模倣を重ねて、同じ手法で誰も描いていない人類の求める理想郷を描くにしても、何年か掛かるはずだ。


いやー、おっそろしい才能と同じ時代に生まれてしまった。


特別、ファンてわけでもないので、お世辞やファン心理じゃないのだ。


かなり心動かされたりしませんよと斜に構えて観た大人の感想ってんだから、諸君も一つ経験がてら観てみるといい。


有意義な時間になる事を約束できてしまう。

マドカ☆マギカの劇場版。


新編反逆の方を鑑賞した。


正確には今見ている。


これはキツイ。


現在、27分経過した。


うわー、キラッキラの学園生活ナリ~、魔法の歌きゃっわいいでゴザル~。


ってならないよ!


どんな絶望に突き落とされるのか胃がキリキリするよ!


勢揃い変身シーンで、まどかのダンスは昭和アイドルで作画も昭和アイドルアニメっぽくなったように、一人一人に味付けしてあって楽しいなぁーってならない!


幸せなら幸せなだけ不安になるの!


待ち受ける絶望に対する恐怖が巨(デカ)くなるの!


はー、ほんとに凄い作品だったんだと突き付けられた感じする。


私、結構な年だからさ。


観ちゃいるけれども、どこかでバカやってる自分を楽しむアイテムになっちゃってるんだよ。


こうしたオタク方向の楽しさが。


無きゃないで全然OKなくらい、実は冷めた目で触っているのだ。


このマドカ☆マギカシリーズも、まああるなら見ようかって温度で触っていたのだ。


んが!


火傷しているって事は、テレビ版でしっかり植え付けられていたって事なのだ。


これ、トラウマになってると言っても過言じゃないのだ。


怖いんだよ、すっかり調教されてしまっている。


いや、ほんと恐ろしい悪魔がいるもんだよ。


ふぅ~。


こうして別の作業を入れる事で、恐怖から来るストレスが軽減された。


それでは私は続きを観るよ。


諸君も早いとこアマゾンでポチるかゲオヤなりで借りたり、ビックバシキャメラで買ったりしたまえ。

尿酸値あるじゃないか。


スーイーカーのにょうさんち~♪スーイカのっ尿酸値ぃ~♪の尿酸値。


諸君、尿酸値どれくらいあるかね?


私、ちと高い程度だ。


そんなね、大量の水を飲んで通風予防している、デキるオヤジの情報サイトみたいな話じゃないんだよ。
逆の話だ。


デキないオヤジの話なのだ。


たまに10代の若者ウッジャウッジャいる箱でトークしたりするとだね。


鉄板ネタとして「まあ、大人になっても尿酸値高くなるだけで得なんてないですが」ってのがある。


三度続けた後で「まあ、そうは言っても大人になると良い事もあります、血糖値が高くなるとか」と続ける。


青年期から先に移り変わる時期。


その不安定さを肯定するトークに挟んで、ちょっと場の緊張を緩める目的で繰り出すのだ。


不安定直撃世代にゃ受け止めるのも才覚も必要な話題だから気も遣う。


半分くらい笑うと、それだけで空気って緩むから、小さい笑いで良いわけだよ。


ここで問題になるが、本当に尿酸値ネタが面白いのか?って自問自答でもない。


これが半分くらい笑うんだよ。


バラエティー慣れした現代っ子だね。


そのくらい笑うと全員がつられて笑う。


でも、こんなネタは【使い古された死に体の出涸らし】じゃないか。


結婚式のスピーチで言う三つの袋だよ、玉袋、子袋、池袋、みたいな。


私の思惑としては【オヤジがオヤジギャグを言う】と。


ある意味、スベリ芸として多用してきたつもりでいた。


いっつも、終わったらバイバーイと速攻で帰っていたのだ。


若さにアテられるとキツイから、リアルな初老にはキラキラしすぎて目がキツイ。


なんかの流れで、終わった後に、担任のティーチャーと話し込んでしまったんだよ。


個人的な質問だったと記憶しているのだが、それを忘れるくらいの会話が聞こえきてだね。


ビックリして気もそぞろ、聞き耳頭巾ちゃんだった。


尿酸値って言葉が面白ワードとして連発されていた。


あるじゃないか、さっきの授業で出てきた面白ワードが教室で局地的に流行するの。


小野妹子とか、わーんつーすりーセーックス!(ドッ)、せんせー台所くんが授業中に勃起してまーす!みたいな。


それと同じ感じで「にょ~さんち!にょ~さんち!」みたいに使われていた。


言葉の響きとしては面白い部類に入るのかも………。


いやいやいや、そこまでの物じゃないぞ若者よ?


君達の笑いに対する三角定規ってさ。


面白度を測る青い三角定規は、そんなにイージーな物なのかね?と。


だってだよ?


尿酸値なんてパパが気にしているだろうよ。


日々、パパが言ってんじゃないの?


朝、血糖値と一緒に高いもんだから、塩分控え目の食事なんだよなー味気ないなーとボヤいてるんじゃないの?


てな形で混乱して帰宅。


先程まで思考を重ねていたのだが、もしかしてあれなのかね?


今のお父さん達って子供の前でオヤジアピールしなくなってるのかね?


いや、私の子供であってもおかしくない年齢だよ高校生とか。


その世代のパパ達なら私と同じトラブルを抱えているはずじゃないかね。


って言うか、オヤジ=体の不調を全力で子供にアピールして煙たがられる生き物じゃないか。


それが決まり事のごとく、必ず腰が痛いとか糖が出ちゃってるとかボヤく存在であるはずじゃないか。


まったく考えてもみなかったのだが、大人の幼児化ってここから発生している可能性がある。


パパもママも友達みたいな感じ~、とか聞いて耳を疑う事もあったのだが、特殊な例だと思っていたよ。


あれかい?


普通に格好良いパパとママでいようとしている父母が増えているのかね?


それは子供に対して良い影響とか与えないんだけれども。


大人ってのが消耗品を消耗した人間って例を学ぶ生きた資料になってあげなきゃだし、そうした末路を受け入れるのが正しい形だと学ぶ絶対必要イベントでもある。


うわー、こんなこと書いてる場合じゃなかった。


夕飯にと思ってニンジンを煮込んでいたのに、すっかり熱中して鍋焦がしてしまった。


こんなの初めてだ。


いや、鍋焦がした経験ってないのだ。


これが老化かぁ~、みたいな所を見せないのが格好良いと思っている大人が増えているって事なのだろうか。


大人の疲れた部分を見なければ、大人って生き物を意識しないで成長してしまう。


子供に渡せる物なんて一人で生き抜く強い精神力だけなのだから、それが育まれる環境だけ用意すればいいのに、どうしてズレてしまっているのだろう。


どのメディアが子供と対等の目線でとか煽ったのだろうか。


罪作りな事をする。

「おじたん、じゃんけんぽんちてー」


「おやおや、私はじゃんけん強いですよ^^」


ふむふむ、どうやらお兄さんのお見舞いに来た次女ですね、この女児。


次女には優しくしておきましょう。


次女ほどフレキシブルに動ける存在はいないのですから。


次女さえ味方につけておけば順風満帆ライフ。


そして、「お姉ちゃんなんだから」の苦しみに支配された長女、長男達と違い、ノンストレスライフを送っているはず。


ここらで敗北を知りストレス耐性を育むのも良い経験になるでしょう。


などと考えたわけでもなく、勝負を挑まれれば幼児だろうと叩き潰すのが私のスタイル。


にっこり笑いジャンケン遊びを開始しようとした。


「それじゃ行くよー?じゃーんけーん………」


「ちがうー、ちがうのー、なほちゃんがいうのー」


ふむふむ、どうやら自分で合図をして勝負を有利に進めようとしているわけですね。


なかなかの策士ですね。


むしろ黒い暗黒淵(やみわだ)を心に飼っている強敵のようですね。


いいでしょう。


その程度のハンデなら不肖メリー台所、まったく不利にならないだけのジャンケン力があります。


敗北の味は鉄の味と教えて差し上げましょう。


「それじゃあね、なほちゃんがジャンケンポンと言ったらオジサンも出すからねー?」


「うーん!」


そして、幼女は元気良く嬉しそうに掛け声を叫んだ。


「ちゅるちゅるぴかりんじゃーんけーんぽーん」


「………」


ディスられた!


坊主にした翌日に見知らぬ幼女に遠回しにディスられた!


坊主にしてみた台所ぬめりだ。


勝負は戦う前に心を折られていたから全敗だったよ。


いやー、寒いのなんのって。


坊主にしたの初めてじゃないんだよ。


何度か坊主にした事がある。


なのに、この感覚は初めてなのだ。


頭が寒くてさ。


せっかく坊主にしたのに、帽子の一つも被ってないと外を歩けないのだ。


被るのが嫌だから一度坊主にしたのに。


私、スキンヘッドにしていた時期もあって、その時は真冬でも寒さなんて感じなかったんだよ。


これも老化なのだろうか?と心身共に震えているのだ。


あーー!めんどくさ!


ほんっっっとうに腹が立つ!


シラスだよシラス。


あるじゃないかね、よくわかんない魚の稚魚を塩漬けにしたような食べ物シラス。


食生活から肉と油を抜いたら内臓が楽になっちゃってさ。


それから昆虫みたいな食生活を続けているんだよ。


タンパク質、豆腐とサプリじゃ飽きちゃって、食べ物からも摂取しようと思ってだね。


シラスって一度茹でる工程があって、それから味付けして出荷だから油抜かれまくりだなぁと。


どれくらい栄養価が下がっているか分からないが、それでも豆腐飽きたし挑戦してみるか、と。


シラスを【台所偏食ファミリー】に加えてあげたんだ。


これが暴れ馬!
まったく手綱を握らせないジャジャ馬だった。


どの器に盛ってもこぼれるのだ。


お膳と口の距離ってあるじゃないかね。


私、小鉢はお膳の上に置いたまま食べるんだよ。


口元とお膳の距離が遠いほど、品位のある食べ方だからって部分もあってさ。


しかし、ちょっと箸で摘むじゃないか。


たった30cmぐらいの距離だよ。


何匹のシラスが落ちていくか。


全身のエネルギーを箸に集中して、まるで万力のように摘んだとしてもポロポロ落ちる。


ゴッソリ摘むからだ!と思い、ちょっぴり摘んでもポロポロいく。


だったら一転集中、一匹だけ取ろうとしても、箸に何匹もくっついてくるんだよ、それが落ちる。


黒豆とか絶対落とさないのに!


シラスだけは何しても落ちる!


それだけならいいよ?


そもそも、器に移す時からして数匹こぼれる。


どんっっっっなに慎重に丁寧にパックから器に移動させても、パックから掻き出す過程でピョンピョン飛ぶんだよ。


その跳躍力って凄くて、あれ?こんな所まで飛んでたの?って場所で翌日見つかったりするのだ。


生きてんのか!?白魚の踊り食いか!?


もうシラス食べる度に軽いストレスを感じる始末。


どーすっかなー?どー解決すっかなー?が毎食のテーマになってしまってだね。


こりゃいかん、と。


だってシラス食べなきゃいいんだよ。


他にいくらでも同じ栄養素を含んだ食品あるんだよ。


そんなこんなで【台所偏食ファミリー】から追放してやった。

たぶん、今後のスポーツ新聞や女性週刊誌にシラスが男性関係でドロドロになってる様とか薬物依存で運び込まれたゴシップが紙面を飾る。


兄の助けでフィリピン辺りで養生してから再デビューしてアラブの王様の玄孫と噂になったりする。


それはプロデューサーたる私の責任だ、許してあげたまえ。