1. 視察の目的
町田市の拠点文化施設である町田市民ホールは、築50年近くが経過し老朽化が顕著である。

今後想定される「建て替え」に向けた基礎調査として、一流の布陣で開発され、コロナ禍以降も高い稼働率を維持する「東大阪市文化創造館」の先進事例を視察。



あわせて、同館が採用した「PFI方式」の運用の実態と、近年における同手法の課題・変化について検証し、当市の次期整備手法の参考とする。







2. 施設概要と建設の経緯建設経緯

 旧市立中央病院跡地を活用し、平成29年9月着工。

開館時期:
令和元年9月(花園ラグビー場を擁する「ラグビーの街」として、ラグビーW杯に合わせて開館)。

立地特性:
 近鉄奈良線「八戸ノ里駅」周辺。4つの大学や文化施設が集約する教育・文化のシンボル的地域。

主要施設:
 大ホール(1,500席)、小ホール(300席)、多目的室、創造支援室(市民ニーズに特化)総整備費: 183億円(維持管理・運営費用を含む)

3. 一流の布陣による開発体制本施設は、各分野の第一人者・トップ企業を結集して建設された。

総合監修:
 中川 幾郎 氏(自治体文化政策の第一人者、帝塚山大学名誉教授)

設計:
 株式会社佐藤総合計画(公共建築のパイオニア)

音響:
株式会社永田音響設計(世界最高峰の音響設計事務所)

施工:
株式会社大林組(スーパーゼネコン)

舞台演出・運営:
株式会社共立(総合空間演出企業、業界最大手)

4. PFI方式導入のメリット・デメリット本施設は、民間の経営能力や技術を活用するPFI(Private Finance Initiative)方式を採用して整備・運営されている。









【メリット】
行政側: 文化芸術に強い民間企業のノウハウにより、有名アーティスト誘致や市民参加型オペラなど、直営では困難な自主事業を多数実現。

設計から運営まで一体的な事業展開により、民間の創意工夫を反映しやすい。

事業者側: 設計段階から参画するため運営者目線での提案が通りやすく、使い勝手の良い施設を構築。

修繕計画の立案が容易で、比較的早期の修繕対応が可能。

15年間の長期運営により、舞台管理ノウハウの蓄積、人員育成、利用者との信頼関係構築が腰を据えて行える。

【デメリット】
行政側: 共同事業体の構成企業が多く、連絡調整や合意形成に相応の時間を要する。

5. 運営の工夫と利用状況稼働率
 コロナ禍を乗り越え、現在はホール稼働率60〜65%と極めて優秀な数値を維持。

利用管理:
20室ある諸室(時間貸し・当日申請対応)の利用枠間に「1時間のインターバル」を確保。

清掃や原状復帰確認を臨機応変に行い、回転率とサービス質を両立。

設備面:
ホール内に「電波遮断装置」を設置。
公演直前に稼働させることで客席内での携帯電話通話を完全に防止し、高い鑑賞環境品質を保持。

6. 町田市への適用における考察・課題

本視察をもとに、町田市における「町田市民ホール」の建て替え検討と、近年の整備手法(PFI)のトレンドについて以下のように考察する。

① 町田市民ホールの建て替え検討状況現状とこれまでの経緯

町田市民ホール(昭和53年開館、ボウリング場転用)は、2021〜2023年に長期休館を伴う「10年程度維持するための大規模改修」を終えたばかりである。

今後の方向性:
市公共施設再編計画(文化ホール短期再編プログラム)において、中心市街地への「大音楽演劇ホール」の新規建設が議会等で議論・模索される一方、現市民ホールは「中規模ホール」として存続・併用する方針などが示されており、具体的な建て替えの基本計画・着口は「未着手(構想段階)」といえる。

視察からの教訓:
東大阪市のように「旧中央病院跡地」という広大な市有地を活用した集約建て替えの成功例は、今後の町田市中心市街地再開発・ホール建設における用地選定や機能集約の好モデルとなる。

② 近年、PFI方式が敬遠・減少傾向にある背景東大阪市文化創造館はPFIの成功事例であるが、全国的には近年、「従来型のPFI方式(特にBTOやBOT方式など)」の新規採用が減少、または見直される傾向にある。

主な理由は以下の通りである。

事務手続きの超長期化と煩雑さ

導入可能性調査、実施方針策定、VFM(Value For Money)算出など、着工までに膨大な書類作成と時間がかかり、行政側の負担が大きい。

行政の資金調達メリットの低下:
かつては「財政負担の平準化(借金の先送り)」がPFIの大きなメリットだったが、歴史的な超低金利政策が続いたことで、自治体が「地方債」を発行して直接資金調達した方が、PFI事業者の民間金利よりもトータルコストが安く抑えられる逆転現象が生じている。

物価・高騰リスクへの対応難:

設計から運営まで15〜30年の超長期契約を結ぶため、近年の「建築資材高騰」や「人件費上昇」といった急激な社会変化に対して契約変更の手続きが追いつかず、民間事業者がリスクを嫌って入札に参加しない(入札不調)ケースが多発している。

「コンセッション方式」や「多様なPPP」へのシフト:近年は、公共が施設を所有したまま運営権のみを民間売却する「コンセッション方式」、あるいは資金調達に縛られない「幅広いPPP(官民連携)」へと国の推奨や自治体の関心がシフトしている。

7. まとめ・提言

町田市民ホールの今後のあり方を検討するにあたり、東大阪市文化創造館のような「設計段階から運営目線を取り入れる手法は、市民サービス向上と高い稼働率を実現するために不可欠である。

しかし、町田市が2024年4月に「PPP/PFI手法導入にかかる優先的検討の基本方針」を改定し、費用総額だけでなく幅広い市民サービス視点での評価へ舵を切ったことからも分かる通り、単なる財政平準化目的の従来型PFIの採用は避けるべきである。

今後は、資金調達は市債を活用してコストを抑えつつ、運営面で民間の企画力を最大限活かす「公設民営(指定管理者制度の発展形)」や「コンセッション方式」など、近年のトレンドを踏まえた柔軟な官民連携(PPP)手法を第一選択肢として、新ホールの構想を進めるべきである。

最後に特筆すべきは、東大坂市文化創造館の責任者、渡辺昌明 館長の文化や施設に対する情熱と見識の深さだ。

民間企業の営業職からスタートし、長年にわたり公立文化施設の運営やアートマネジメントに携わってきた専門家で、
「文化は好きな人だけのものではなく、その場所に住んでいる全ての人のもの」という強い信念を持っており、50万人の東大阪市民全員に施設を知ってもらい、日常を晴れやかにする場所にした。

クラッシック音楽や近代音楽、オペラ、演劇、芸術、舞台効果に精通しており、何を聞いてもホールを活用した的確な運営や集客に結び付く回答を持ち合わせていらっしゃる。

渡辺館長から町田市民ホールに以前いらっしゃった池田元館長の話題が出た。

池田元館長は長年にわたり館長としてホールの管理運営を指揮し、市民が広く文化芸術に触れられる環境を維持・発展させたし、ホールの格を超えたアーティストの招聘に何度も成功、地元アーティストの支援や、質の高い公演・イベントの誘致に尽力した人。

池田さんで町田市民ホールがもっているとまで言わしめた人物。

渡辺館長も池田館長もエンターテイメント産業が心からお好きなご様子で、まさしく「好きこそ物の上手なれ」を地でいく好人物で、そのような公立ホールの館長はなかなかお目にかかれない。

渡辺館長から、町田市の人口規模からすると2000人収容するホールが適当で差別化を計り特色を打ち出した活気ある新たなホール運営が出来るとのこと。

ホールといった公共施設の整備方法も重要であると同時に、特殊な専門性をもった人材を確保することが運営上必要不可欠と強く感じた視察だった。



浜松市視察報告:【多文化共生推進事業の現状と取り組み】



1. 市の概況
浜松市は平成17年の12市町村合併を経て、面積1558平方キロメートル(全国2位)、道路延長8500キロメートルを有する広大な政令指定都市である。

人口は約78万人。

オートバイ、自動車、光・電子、楽器産業が盛んな「ものづくりのまち」としての側面を持つ。

【多文化共生社会の理想と現実 ―浜松市の30年から学ぶこと―】

【はじめに:移民政策の二面性とリスク】

現在、日本全体で外国人材の受け入れ議論が加速しているが、そこには常に「良し悪し」の両論が存在する。

「良」の側面: 深刻な労働力不足の解消、産業の維持・活性化、多様な文化による地域社会の刺激と創造性の向上。

「悪」の側面: 言語や生活習慣の違いによる地域摩擦、社会保障コストの増大、教育現場の負担増。

こうした国家レベルの議論が揺れる中、多くの工場を抱える製造業のまち・浜松市は、30年も前から否応なしに外国籍住民の定住化という現実に直面してきた。

欧州諸国の事例を見るまでもなく、移民政策は単なる「労働力の確保」という経済的側面だけでは完結しない。

言語の壁、文化・宗教的背景の違いは、時に社会コストの急増(生活保護、医療、特別教育支援等)や、治安への不安、既存住民との不平等感を生み出し、社会の分断を招くリスクを孕んでいる。

安易な受け入れは、将来的に看過できないマイナスの側面を噴出させる懸念があり、極めて慎重な対応が求められる分野である。

【浜松市の独自性:30年間の「経験」から生まれた現場知見】

こうしたマクロな懸念に対し、浜松市の特異性は、30年も前から製造現場を支える外国籍住民の「定住化」という現実に直面し、国に先んじてその負の側面(摩擦)に取り組み続けてきた点にある。

具体的な「摩擦」に対し、自治体が逃げることなく向き合い、解決策を一つひとつ積み上げてきた「草の根」の歴史である。

ゴミ出しや騒音といった地域住民の苦情に対し、自治会への多言語ツールの提供や多文化共生センターによるハブ機能など、行政が現場の「摩擦」に直接介入。

放置すれば大きな社会問題化する火種を、草の根の支援で一つひとつ対応してきた歴史がある。

2. 外国籍住民の現状
外国籍人口は3万4千人、総人口比率は約4%に達する。

国籍はブラジル、フィリピン、ベトナム、中国、ペルー、インドネシアと多岐にわたる。

特筆すべきは、今後の希望として「永住」を望む割合が87%と非常に高く、定住化が加速している点である。

3. 浜松市は多文化共生ビジョン「相互の理解と尊重のもと、創造と成長を続ける、ともに築く多文化共生都市」を掲げ、
多文化共生センターや学校教育部を中心に各種事業を展開している。

4. 教育支援と「にじ教室」の成果

外国籍児童生徒数は過去最高の1,945人を記録し、そのうち約77%(1,504人)が日本語指導を必要としている。

初期日本語指導拠点校「にじ教室」は、 中学校年齢で編入した生徒を対象に、適応指導や基礎日本語、教科補習を実施している。

4年間で120人が利用し、来日後間もないながらも65%が高校進学を果たすなど、顕著な成果を上げている。

きめ細やかな学習支援
「日本語で授業に参加すること」を目標に、バイリンガルサポーターの派遣や、教科と日本語を組み合わせたJSL指導など、実態に即した支援体制を構築している。

5. 「不就学ゼロ作戦」と浜松モデル
不就学児を生まないための包括的な支援体制(浜松モデル)を確立している。

転入時の確実な就学案内と継続的な状況把握。

家庭訪問や外国人学校へのカウンセラー派遣による情報提供。

就学支援教室の開設による定着支援。

6. 地域生活における課題解決
ゴミ出し等の生活習慣の違いから生じる住民不安に対し、自治会と連携。

多言語ツールの作成・啓発を行い、地域住民との摩擦回避に努めている。

【実施施策の感想】
「にじ教室」や「不就学ゼロ作戦」は、単なる福祉ではない。

日本語指導と教育機会を保障することで、将来的な「低所得層の固定化」や「社会保障への依存」という欧州が直面したリスクを、自立した「納税者」の育成によって回避しようとする先行投資的側面が強いと感じる。

「不就学を生まない」という一貫した姿勢は、将来の社会不安を未然に防ぐ先進的なリスクマネジメントと言える。

「87%が永住を希望する現実への対応」

労働力として消費するのではなく、87%に及ぶ永住希望者を「市民」としてどう統合するかは長期的な課題となるだろう。

これは「労働力」としてだけでなく、次代を担う「市民」として育てるという浜松市の強い意志の現れであると感じた。

「多文化共生都市ビジョン」は、理想論ではなく、すでに地域社会に不可欠な存在となった彼らとの「共存」に向けた現実的な生存戦略とも言える。

7. 総括と今後の課題

浜松市は、単なる生活支援に留まらず、将来の定住を見据えた教育・進路支援に注力している点が特徴的である。

多様化・長期化する滞在環境の中で、いかにして「共に成長する社会」を維持していくかが今後の成果課題となる。

【総括:地方自治のフロントランナーとして】

浜松市の取り組みの核心は、国に先んじて「共に暮らす」覚悟を決め、30年間現場の課題を一つずつクリアしてきた実効性にある。

87%という高い永住希望率は、同市の多文化共生施策が、外国籍住民にとっての「安心」に繋がっている証左でもある。

「多様化と長期滞在」という新たなフェーズにおいて、同市が積み上げてきた現場知見は、今後、望む望まないに関わらず外国人との共生を迫られる全国の自治体にとって道標となるだろう。

【考察と結び】
移民受け入れには確かに社会を揺るがす副作用が伴う。

しかし、浜松市が示しているのは、その副作用を放置せず、30年にわたり「現場」で一つひとつ解決策を積み上げてきた「自治体の覚悟」である。

国が法整備を模索する中、同市が培ってきた「不就学を生まない」「生活習慣の差を埋める」といった具体的な手法は、負の側面を最小化し、共生を維持するための不可欠な現場知(ローカル・ノウハウ)として、全国の自治体が向き合う重みを持っている。







2日間にわたる「フェスタまちだ2026」が、熱狂のうちに無事幕を閉じました!



今年はエイサーの本場・沖縄市より「胡屋青年会」を迎え、全国から集結した20団体のエイサー隊が町田の街を力強く、華やかに盛り上げてくれました。


私たちが師事する胡屋青年会の皆様との2日間は、1999年に発足した「町田琉」にとって、まさに宝物のような時間でした。

初日の魂がぶつかり合う「ガーエー」、そして2日目のカリヨン広場での「合同演舞」。

鳴り響く太鼓の音と華やかな演舞に、会場は一体となりました。

24年前、私が町田琉の会長を務めていた頃、「東京でもっとエイサーを知ってほしい」という一心で、伝統を踏襲しつつ、

町田琉オリジナルの踊りとして作り上げたのが『てぃんさぐぬ花』でした。

今回のフェスタでは、なんと本場・胡屋青年会の皆様が、出番の合間にこの『てぃんさぐぬ花』を練習してくださり、

合同演舞で共に踊ることができました。


自分たちが大切に作ってきた踊りが、本場の方々に受け入れられ、沖縄へ「逆輸入」される形で共演できたこと。

その瞬間の光景は、言葉では言い表せないほど感慨深く、胸が熱くなりました。

祭りの後の懇親会では、町田市と沖縄市のこれからの展望について、熱く活発な意見交換が行われました。

沿道を埋め尽くす来街者の皆様からの万雷の拍手。



地域が一体となって盛り上がるあの瞬間を目の当たりにし、「これまで先輩や仲間と共に歩んできて、本当に良かった」と心から実感した一日でした。

支えてくださったスタッフや地域の皆様、演者の皆様、そしてご来場いただいた全ての皆様に、心より感謝申し上げます。

町田でのエイサーをこれからもよろしくお願い致します。