※本日(5/23)2回目の更新です
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2017年5月から全8回で書いた【過食防止】企画、7月から12月に全15回で書いた【過食治療?】企画、そして今は【標準?体重】企画を書いています。
昨日の第六回で、私が標準体重の下限(BMI18.5=53.5kg)まで増量したのは出版のためだと書き、それを着地点(オチ)としました。
> キツネが、たわわに実ったおいしそうなぶどうを見つける。
> 食べようとして跳び上がるが、ぶどうはみな高い所にあり、届かない。
> 何度跳んでも届かず、キツネは怒りと悔しさで、「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と捨て台詞を残して去る。
> 手に入れたくてたまらないのに、人・物・地位・階級など、努力しても手が届かない対象がある場合、その対象を「価値がない・低級で自分にふさわしくない」ものとみてあきらめ、心の平安を得る。
BMI16=170cmなら46.2kg、160cmなら40.9kg、150cmなら36kg
自分もやせようとしてダイエットするが、なかなかやせない。
何度もリバウンドして仕切り直すもやせず、キツネは怒りと悔しさで、「どうせやせている人は無理をしているんだろう。生理も止まるし髪も肌もボロボロでおばあちゃんみたいだ。誰がやせてやるものか。」と捨て台詞を残してダイエットをやめる。
この「すっぱいぶどう」の童話を使って、「やせていること」に対する反応を書いてみようと思ったのにはきっかけがあります。
個人が特定されないようにフェイクを入れます。
超有名かつ難関と言われる「ぶどう大学」に入ったA子さんが書いた記事が少しバズりました。
その内容は次のようなものでした。
・憧れのぶどう大学に入ったが心を病んでしまった。
・私の同級生でも半分以上が心の病気になっていた。
・ぶどう大学に入ろうと思っている人はよく考えてほしい。
その記事を読んだキツネさんがコメントを投稿しました。
「ぶどう大学を二浪して結局あきらめて別の大学に入りました。そのときの悔しさがこの記事で成仏できました。」
私はこのコメントを読んだとき、ゾ~っとしました。
そして、こんなやりとりを思い出したんです。
A子さん
「私はやせられるだけやせたいと思ってやせたけど、あの頃は頭がおかしかった。太ってしまったけど今のほうが幸せだしまともです。」
キツネさん
「私はダイエットに失敗してばかりですが、やっぱりやせても良いことなんてないんですね。」
こういうやりとり、私はよく見ます。
でも、これって「すっぱいぶどう」なんじゃないかと、さっきのぶどう大学の記事がきっかけで思うようになったんです。
やせられない自分を受け入れるために、やせを批判する。
そのためには「昔はやせていたけど実は無理をしていた」つまり「木の上のぶどうはすっぱかった」と言ってくれる人がありがたい。
せっかくやせたのに太ってしまった自分を受け入れるために、やせ批判をする。
「やせても良いことなんてない」「木の上のぶどうはすっぱい」と言うと、その発言は大勢の人に支持された。
こういう心理じゃないのかなぁと感じたんです。
「やせている人」を批判することで、やせられない自分を肯定できる。
「やせていた自分」を否定することで、太ってしまった自分を肯定できる。
でも、その発言を悲しい気持ちで聞いている人がいるわけですよね。
やせている人です。
これは例えば太っていた場合でも同じで、「昔は〇kgだったけどあんな体型でよくプールなんか行けたなぁ」というような発言を、まさに今〇kgでプールへ行った人が聞いたら、あんまりいい気はしないですよね。
そこでこの企画のメインテーマである「自分を肯定するために誰かを(何かを)否定しなくていい」になるわけです。
最大のポイントは、自分を肯定するために批判しているんだということに、批判している本人は気づいていないこと。
「やせているなんて健康に悪い」
「やせていたら生理が止まる」
「やせていたら骨粗しょう症に…髪と肌がボロボロに…若い頃はいいけどそのうちに…」
フジモンの「それ顔デカいからや」に匹敵するギャグの域に達している場合もありますからね。
標準体重でも肥満でもやせでも普通に風邪ぐらいひくのに、やせている人が風邪ひいたら「やっぱりやせてるから抵抗力が」。
逆に、炎天下で太っている人が暑がったら「やっぱり太ってるから」って言うのかな?とか思ってしまったり(言うかー!)
これらを本当にアドバイスだと思って言ってるんですね。
太ってる人に「デブだね~食べ過ぎだよ」とは言わないのに、やせてる人には「ガリガリだね~もっと食べなよ」って平気で言いますからね。
あぁ、これもゼロと百じゃなくて、割合として後者の方が言われる頻度が高いってことです。
というか、前者なんてただの暴言ですからね…だったら後者も暴言なんですけどね。
もう一歩踏み込んでみます。
どうして「やせている人=不健康」だと決めつけるのか。
それは、やせていても健康な人はいるのに、それを認めると「健康のためにあえてやせない(あえてちょっと太め~標準体重をキープする)」という根拠がなくなってしまうからなのかなぁとか。
「あえてやせない」じゃなくて「やせられない」になってしまうと思っているとか。
とにかくこういうのは不毛だなぁと思ったんです。
肥満でも標準でもやせでも、自分がなりたい体型になればいいし、なれなくても誰かを否定しなくていい。
また、安易に過去の自分を否定することは、今その状態の人にとってつらい言葉になる可能性もある。
メインテーマなので最後にもう一度。
自分を肯定するために誰かを(何かを)否定しなくていい。
これで締めになりますが、私のことも「すっぱいぶどう」に例えさせてください。
でも自分のことは恥ずかしいので薄字にさせてください(相変わらずチキン)。
私は高い所にあるぶどうが好きだった。
「本当はまずいのに食べられたことをドヤってるだけ」「本当は酸っぱいはずなのに病んでるから分からないだけ」「誰でも登ろうと思ったら登れる」「高い所のぶどうの安全性はまだ確立されてない」
足を引っ張る言葉がたくさんあることを学んだ。
しばらくぶどうはいいやと木を下りた。
今度は「本当は食べたいくせに木登りに疲れたのか」「やっぱり無理してたんだな」「もっと高い所のぶどうを食べたいと言ってたのはあきらめたのか」
やっぱり何かしら言われると知った。
そして、私が木に登っても下りても応援して見守ってくれる人もいる。
大切にしたいのはそういう人。
なるべくみんなが健やかに、望む体重体型でいられますように。
そしてその体重コントロール方法として、カロリー貯金を選んでもらえたら嬉しく思います。
【標準?体重】企画・終
※エピローグを明日アップする予定です。
毎回書き添えますが、(自己紹介の記事内に書いていますが)コメント承認を友人に依頼し、攻撃的なコメントは情報を記録したうえで削除してもらい、私は承認されたコメントだけを読むシステムになっています。
2017年の私にも非はあると思いますが、できればこの企画を見守って頂けるとありがたいです。
ホネホネロック(東城薫)の「カロリー貯金ダイエット」は5月26日発売です。
よろしくお願いします!
【Amazon】商品ページ(予約できます)
※コメントは友人が承認してくれたものを私が拝見しています(自己紹介参照)