音楽好きかい?
音楽ってさ、色々あるよね。
パンクやロック、R&R、R&B、レゲエ、スカ、テクノ、演歌、民謡、カラオケ、盆踊り、何でも音やリズム、メロディーやビート、グルーヴや一体感、臨場感、説得力、あらゆるプラスの要素と、ありったけのマイナスの要素、兎に角ありとあらゆる事や物や者が入り乱れ交わり合って折り重なって積み重なって崩れて壊して時にそれは太陽、時にそれは月、時にそれは生活、時にそれは物語、時にそれは空想、時にそれは妄想、時にそれは空想、時にそれは理想、常にそれはリアル。
手を叩けば音が出る。
休んでいても寝息のビート。
生きているだけで感じる鼓動。
ガックリ肩落として落胆する溜め息と温度。
花束が宙を舞う幸せなウェディング音。
フライパンが奏でる腹ペコソング。
空を黒く染め上げる爆弾の破裂。
街角で拡声器を使う政治活動。
止まぬ愚行と破壊のレクイエム。
愛と種の存続を夜な夜なぶつかり合う体液音。
B級グルメの裏側にある生き物達の断末魔。
死に行く瞬間のフェードアウト。
音楽って、音を楽しむ物だけど、本当は「生命」って書いておんがくって読むんじゃないかって位にそばにあると思う。
いくら否定してもそうなんだろうと。
前置きが長くなった。
これから益々長くなるかも。
岩手県北上市。
岩手県の中心ではなく
岩手県南でバレルハウス カプカプと言う店を
喜怒哀楽で
とても「喜」、たまに「怒」、静かに「哀」、頻繁に「楽」
そして「満喫」
それでなくても「満足」
だけど「葛藤」
いつか「衰退」
分かってるけど「希望」
いつまでもオレ達「青春」
なんて感情豊かに、経営慎ましく、やりたい事だけを、なるべく多くの仲間に愛を、
貧乏人の
貧乏人による
貧乏人の為の店をしている。
つもり。あくまでつもり。
そんな店と、自身のバンド フレンチマスタードから感じる事を少々。少々?
音楽って好き?
ここに繋がる訳。
音楽好きなんだろうけど、最近CD買った?
ダウンロードした?
昔好きだった音源を聴き直したりした?
何かさ、ニュースだったかSNSだったかで数年前に見た音楽離れってのを、今北上で、カプカプで、フレンチマスタードで、感じている。
ライブしてもお客さんが来ない。
企画しても動員数が伸びない。
来たお客さんは盛り上がらない。
出演者、来場者共に繋がりが広がらない。
等々。
感じる事は無い?
感じないなら感じないでも良いのよ。
それは鈍感か、スペシャル敏感に努力しているから。
「動員数、、、まぁまずまずなのかなぁ。」
「盛り上がり?その時によるけど悪くないと思う。」
「繋がりはこれからだしね!」
すまんけど、店の努力は無いよそんなモン!と一旦置いておいておく。
それってさ、良かった過去に囚われてない?
今目の前にある現実をぬるま湯にしてない?
音楽ってさ、色々あるよね。
パンクやロック、R&R、R&B、レゲエ、スカ、テクノ、演歌、民謡、カラオケ、盆踊り、何でも音やリズム、メロディーやビート、グルーヴや一体感、臨場感、説得力、あらゆるプラスの要素と、ありったけのマイナスの要素、兎に角ありとあらゆる事や物や者が入り乱れ交わり合って折り重なって積み重なって崩れて壊して時にそれは太陽、時にそれは月、時にそれは生活、時にそれは物語、時にそれは空想、時にそれは妄想、時にそれは空想、時にそれは理想、常にそれはリアル。
手を叩けば音が出る。
休んでいても寝息のビート。
生きているだけで感じる鼓動。
ガックリ肩落として落胆する溜め息と温度。
花束が宙を舞う幸せなウェディング音。
フライパンが奏でる腹ペコソング。
空を黒く染め上げる爆弾の破裂。
街角で拡声器を使う政治活動。
止まぬ愚行と破壊のレクイエム。
愛と種の存続を夜な夜なぶつかり合う体液音。
B級グルメの裏側にある生き物達の断末魔。
死に行く瞬間のフェードアウト。
音楽って、音を楽しむ物だけど、本当は「生命」って書いておんがくって読むんじゃないかって位にそばにあると思う。
いくら否定してもそうなんだろうと。
前置きが長くなった。
これから益々長くなるかも。
岩手県北上市。
岩手県の中心ではなく
岩手県南でバレルハウス カプカプと言う店を
喜怒哀楽で
とても「喜」、たまに「怒」、静かに「哀」、頻繁に「楽」
そして「満喫」
それでなくても「満足」
だけど「葛藤」
いつか「衰退」
分かってるけど「希望」
いつまでもオレ達「青春」
なんて感情豊かに、経営慎ましく、やりたい事だけを、なるべく多くの仲間に愛を、
貧乏人の
貧乏人による
貧乏人の為の店をしている。
つもり。あくまでつもり。
そんな店と、自身のバンド フレンチマスタードから感じる事を少々。少々?
音楽って好き?
ここに繋がる訳。
音楽好きなんだろうけど、最近CD買った?
ダウンロードした?
昔好きだった音源を聴き直したりした?
何かさ、ニュースだったかSNSだったかで数年前に見た音楽離れってのを、今北上で、カプカプで、フレンチマスタードで、感じている。
ライブしてもお客さんが来ない。
企画しても動員数が伸びない。
来たお客さんは盛り上がらない。
出演者、来場者共に繋がりが広がらない。
等々。
感じる事は無い?
感じないなら感じないでも良いのよ。
それは鈍感か、スペシャル敏感に努力しているから。
「動員数、、、まぁまずまずなのかなぁ。」
「盛り上がり?その時によるけど悪くないと思う。」
「繋がりはこれからだしね!」
すまんけど、店の努力は無いよそんなモン!と一旦置いておいておく。
それってさ、良かった過去に囚われてない?
今目の前にある現実をぬるま湯にしてない?
本当は毎回良くありたいのに誤魔化してない?
ドキッとする?
バンドを、フレンチマスタードを2000年から続けてきて思うよ。
もっとさ、なんつーかこう、やたらと貪欲だった時があると思う。
歳上のバンドマン、先輩バンドマン、同い年や歳下だけど自分達よりも頭1つも2つも抜き出た存在に対する嫉妬や尊敬の入り混じった悔しい気持ちと誇らしい思い。
オレらもツアーやってみたい!とか
オレらもあんなバンド達とライブしたい!とか
オレらもあそこのライブハウスに出たい!とか
オレらもバンバンライブに誘われたい!とか
そんなさもない貪欲。
遊び回ってふと気付けばずっとなりたかった存在である「歳上」になった我々30代後半、40代のオッサン連中は多分、歳下がそれに近い気持ちを感じている事を、若さと勢いに焦りを感じる事が皆無なのではないだろうか?
つまり今何が言いたいか。
県外からはあっても、歳上からはあっても、何となく同世代からはあっても、歳下から全く刺激が無いと言う恐ろしい事実。
それは歳下を育てなかった我々の失態。
それは後輩に衝動を与えれなかった我々の力不足。
皆はいかに考えているのだろうか?
そして歳下からのプレッシャーは無く、同世代はどんどん動きが鈍くなり変に納得しようとしてみたり。
今でもやりたくてやりたくてやりたくて音楽してんのかい?
仕事が!
家族が!
子供が!
行事が!
時間が!
金銭が!
予定が!
仲間が!
集客が!
兎に角何かしらあるだろうし、皆そうなんだけど、オレがライクワンセルフで歌ってるのはそんな事。
「無駄に気持ちを押さえ込み
理由が無けりゃ動けやしねぇ
過去を美化して安酒たらしても
戻レナイネ 酔エナイネ
口先だけで何が守れるか目を合わせて言ってくれよ
シケたツラして納得してんのか?
終わったフリで誤魔化してんなよ
我慢なのかただの愚痴なのか
見タクモネーケド話ハ聞イテヤレルカラ
「仕方ない、、、」なんて 嘘でもオレを妬まないで
ライクワンセルフ」
繋がっかい?
歌は下手だけど、もっともっともっともっと、カプカプを始める前から思っていた事で、ずっと思ってる事。
ずっと、それこそずっと、下手したら毎晩思ってる。
「時に心が折れてしまいそう
見失いそうな夜も少なくは無いけど
生きてもお前 死んでもオレ
だったら「今」を唄いてぇ」
つまりそう言う事。
仲間がどんどん離れて動かなくなっていってる様だけど、実は本当は居なくなったのはオレの方だったんじゃないかと言う事。
オールディックフォギーの「いなくなったのはオレの方だったんだ」は勝手ながらライクワンセルフの後の唄みたいな気がしててね。
何かさ、いつでも仲間が帰って来れる様にと大義名分をひけらかしてても、自分が流されるのが怖くて何かにしがみ付いてる様な気がしてるよ。
もっと泥臭くて良いし、下手くそでも良い、もっともっと内側から溢れる想いを発射しないと誰も納得しない。
説得力が必要なんじゃなくて、オレ達には行動と想いの塊が必要だと思う。
評価を気にしてエゴサーチしても良いけど、今は忘れていたあの常に楽器に触れたい衝動を解放するべきだし、それに向けて家族の協力を仰ぐべきだし、家族が快く協力出来る環境を整える努力が必要だし、好きな事をしていれる時間をもっと濃厚にするべきだし、日々の短さを肌で感じるべきだし、焦りに焦って心臓にドキドキを送ってやる位であるべきだし、銭がどうやって生まれるのかをリアルに感じるべきだし、全て抱き締めれる愛を大切に育てるべきだし、いつかは死んで何もかも無くなると気付くべきだ。
オレの好きな言葉にこんなのがある。
「急がずに、でも怠けずに。
芸術家よ語るなかれ 造れ。」
ヨハン・ヴォルクガング・ファン・ゲーテ(詩人)
オレ達はどうだろうか?
「(目を)逸らさずに、更に(目を)瞑らずに
音楽家よ語るなかれ 演(や)れ。」
目をそらす、目をつむる、そんな事ばかりではないか?
オレ達は演らなきゃ意味が無い。
その重い腰を上げろ。軋んで苦しい声にならない声を上げろ。
もう座ってんのは飽きたんじゃねーか?
ケツにコケが生えてきてるぞ。
さぁ仲間達、キョーダイよ、共にまた歩き出そうよ。
何かさ、こんな気持ちで仲間達と肩を組めるのは岩手県南の、他に自慢出来る良さだと思う。
そしてとても誇らしい。

















