江戸(房州)うちわ/房総 | GenerationFLOWのブログ

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房州うちわ(ぼうしゅううちわ)は、千葉県 南房総市 館山市 特産のうちわ 。千葉県の伝統工芸の一つ。京うちわ 丸亀うちわ と並ぶ日本三大うちわの一つである。

・千葉県指定伝統的工芸品である。

・経済産業大臣指定伝統的工芸品(千葉県では唯一の指定)である。





■特徴

・竹の丸みそのままを活かした「丸柄」と、4864等分に割いた骨を糸で編んで作られる半円で格子模様の美しい「窓」が特徴。

・地域に自生する女竹 (細い篠竹)を原料に用い、細く割いた骨と一体となった丸柄が特徴

・全ての製作行程が手作業による。行程数が21と多いため、行程ごとに分業して製作する。

■背景



始まり・・・

関東でうちわ作りが始まったのは、江戸時代。当時、房州は、材料の竹を送り出す産地だった。房州でのうちわ生産は、明治10年に那古町(現在の館山市那古)に始まり、付近の町村に普及したとされる。「房総町村と人物」(大正7年千葉県発行)では、明治十七年に、岩城惣五郎(那古町)が東京から職工を雇い、生産を始め、安房郡の一大物産としたとされている。


生産拡大・・・

大正12年の関東大震災で、日本橋堀江町河岸のうちわ問屋の大半が大火に見舞われ、震災後、竹の産地に近く、東京への船便があった那古港にも近接した船形町(現在の館山市船形)に問屋が移住し、生産を始める。そのことがきっかけとなり、房州でのうちわ生産が拡大していった。そして、日本三大うちわと言われる「房州うちわ」の産地となっていった。


手内職として・・・

那古、船形、富浦(現在の南房総市富浦町)は古くからの漁師町で、働きざかりの男たちが漁に出たあと、留守番のおかみさんたちの手内職として、うちわづくりは歓迎されていた。母から娘にその技術が受け継がれ、大正末期から昭和の初めにかけては、年間7800万本もの「房州うちわ」が生産されるようになった。内職として携わる人は、1,000人ほどいたそう。



現在の課題・・・

現在では、年間230万本の生産。一方で、うちわ生産の全国シェア約9割の香川県丸亀市を中心とした価格の安いポリうちわの普及拡大、職人の高齢化と後継者不足などの課題もある。