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とみ☆ハリ

ドカユキンやササライオーの活動報告や地元の情報(たまに運営の創作活動報告も)など、発信していきます。

さる5月23日、タカオカンドリームの市川徹監督が福岡町を舞台に撮影された映画
「獅子舞ボーイズ」の上映会に行って来ました。
場所は高岡駅北のウイングウイングです。
横浜の女子大生が菅笠造りに興味を持って、福岡町へ習いにやってくる、
それを追いかけて来た彼氏が獅子舞を修行している人たちと出会い、仲間に入る、
というストーリー。
富山では、でろ~んと長い風呂敷に何人もの人が入って演じる「百足獅子」が
結構一般的ですが、全国的には割と珍しい部類に入る事、そして富山は獅子舞の
伝承数が日本一である事を、この映画で初めて知りました。
更にこの映画はミュージカル仕立てで、田舎臭全開の山奥で歌ったり踊ったり、
そのミスマッチ感が、よくあるインド映画のそれとは違った斬新さと共に、
30年ほど前の「ダイコンフィルム」以前世代の学生映画を現代のきちんとした
器材で作ったらこうなるみたいな懐かしさも感じました。

上映後、市川監督と次の企みやなんかについてしばらく話し込んだ後、
その場を辞し、嫁から頼まれていたのでベーグルを買いにクルン地下へ。
B1ステージの前で不意に呼び止められると、1月のイベントでもお世話になった
インフォメーションのOさんでした。
Oさんには以前電話だけで、詳しい背景事情は敢えて伏せたまま、
例の団体解散した事だけをお知らせしてあったのですが、回りまわった情報が、
僕にも思いよらないところから耳に入って来るらしく、
何があったんですか的な事を聞かれましたが、
こっち視点に偏った説明になってもフェアではないので
「進みたい方向性が変わってきまして。」
「まあ次回僕は関わっていませんが、それには関係なく、
よろしく対応の方お願いします。」とだけ言った後、
上映会のついでにベーグル買いに寄った旨をポロッと漏らしたところ、
「タカオカンドリームさん、紹介してもらえませんか。」と名刺をお預かりしてしまい、
再びウイングウイングに取って返す羽目にwwwww

ウイングウイングに戻るとちょうど、2回目の上映が始まった時間でしたが、
幸い監督はじめ関係者の皆さんは受付にいらっしゃいましたので、
なんだまた来たのかみたいな顔をされつつも監督にOさんの名刺をお渡しし、
再び地下に戻って焼きあがったベーグルを受け取ってようやく帰途につきました。

地方だと造型用ラテックスが手に入らないので、シリコンコーキングでの代用をテスト的に開始しました。
表面が滑らかにならないので苦労しています。
硬化前に何か平らなものを押し付けてフラットに出来ないか、但し本来の用途が接着剤ですので、接着されずに離型できる材質は何かと調べているところですが、知見お持ちの方がいらっしゃったらご助言いただけると幸甚です。

てな事をインターネットの造型フォーラム的なところに書き込んだのが昨日。
で、本日。
制作発表記者会見が行われたのでご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、映画「魚津のパン屋さん」の撮影が昨日から始まっており、二日目の今日は僕も撮りがあると云う事で呼ばれて行って来ました。ええ三日連続、魚津行ってます。
主演の高田亜矢子さん、大変お綺麗な方でした。
で、その現場入りの前に時間があったので、立ち寄ったカーマにこんなものが。

ちゃんとこういうもの、ありますやん。

一気に盛ってバーっと仕上げるのではなく、硬化が始まらないうちに盛っては均し、盛っては均し、それも均すのは1回だけ、というのが鉄則のようです。

※オマケ
3枚目の写真は、透明なシーラント(ポリマー系)の自然落下を利用して、柔軟性のある「つらら」が作れないかと云う、これまたテストです。

いんちきわらぐつも製作開始、ですですぅ。

とかくコスプレ造形というものは、本来の用途とは違う目的に使う前提で探す材料がほとんど、そこが難点でもありますが、面白みでもあります。
これからも工夫する事を楽しんでまいります。




前回の記事から相当な日数が経過しておりますが、実はあれからずっと、
「あの記事の内容が私の本当に答えたかった事と、実はまだちがうんじゃないだろうか」
という思いが頭から離れず、考察を続けておりました。
どなたかのRTで回ってきた”あるある”系のつぶやきで
「コミュ力のある人にはわからないかもしれないが、コミュ力のない人は毎日、その日の会話の”答えあわせ"をする」
なんてのがありましたが、私ほど重症になりますと、その答え合わせに数日を要してしまうこともざらでして、ですが今回ほど日数がかかる例は珍しいです。
それだけこの「ものを作ってる人って偉いんですか?」という質問は難しい、いや、恐ろしい、創作者にとっては”悪魔の質問”であることがわかってきました。
考察を進めれば進めるほど、自身の考えが変わるわけではないのに、思い描く返答の内容が変わってくるのです。

「偉い」と答えてしまうと反感を買い、「偉くない」と答えてしまうと自身のよりどころを否定する事にもつながる。
「五十歩百歩」? それもちょっと違うんだよなあ。

以下は結論ではありません。考察の途中経過です。

1.別に「ものを作ってる」人に限った話しではない。
 ものづくりに限らず、「何かを成し遂げた」経験を持っている人全般に対して論じるべきだったのかなと。

2.決して私自身「偉い」と思っているわけではなかったのではないか
 少なくとも「敬意を払って然るべき」という点では私の考えは変わりませんが、世間一般に言う「偉い人」とは全然違う「偉い」なのです。
 しいて云うなら親が子供に「ひとりでおつかい行けたの? 偉いね。」の「偉い」が、ニュアンス的には近いです。

3.そういう人の意見の方が、初心者の意見よりも正しいかどうかは別問題。
 とはいえ、何かを成し遂げた経験をした人は、その苦労や大変さを知っている訳ですから、他人の作ったものや成し遂げた事に対しても、敬意を持った上でものを言えますので、作り手の心情として(正しいかどうかは別として、心情的にどうしょうもない部分です)、そういう人の言葉の方が聞き入れやすいのも事実です。
 また、初心者の意見が往々にして「自身も通ってきた道」であり、それが現実的ではない意見であることを理解した上で今がある事も事実です。

お分かりいただけただろうか?