前回の記事から相当な日数が経過しておりますが、実はあれからずっと、
「あの記事の内容が私の本当に答えたかった事と、実はまだちがうんじゃないだろうか」
という思いが頭から離れず、考察を続けておりました。
どなたかのRTで回ってきた”あるある”系のつぶやきで
「コミュ力のある人にはわからないかもしれないが、コミュ力のない人は毎日、その日の会話の”答えあわせ"をする」
なんてのがありましたが、私ほど重症になりますと、その答え合わせに数日を要してしまうこともざらでして、ですが今回ほど日数がかかる例は珍しいです。
それだけこの「ものを作ってる人って偉いんですか?」という質問は難しい、いや、恐ろしい、創作者にとっては”悪魔の質問”であることがわかってきました。
考察を進めれば進めるほど、自身の考えが変わるわけではないのに、思い描く返答の内容が変わってくるのです。
「偉い」と答えてしまうと反感を買い、「偉くない」と答えてしまうと自身のよりどころを否定する事にもつながる。
「五十歩百歩」? それもちょっと違うんだよなあ。
以下は結論ではありません。考察の途中経過です。
1.別に「ものを作ってる」人に限った話しではない。
ものづくりに限らず、「何かを成し遂げた」経験を持っている人全般に対して論じるべきだったのかなと。
2.決して私自身「偉い」と思っているわけではなかったのではないか
少なくとも「敬意を払って然るべき」という点では私の考えは変わりませんが、世間一般に言う「偉い人」とは全然違う「偉い」なのです。
しいて云うなら親が子供に「ひとりでおつかい行けたの? 偉いね。」の「偉い」が、ニュアンス的には近いです。
3.そういう人の意見の方が、初心者の意見よりも正しいかどうかは別問題。
とはいえ、何かを成し遂げた経験をした人は、その苦労や大変さを知っている訳ですから、他人の作ったものや成し遂げた事に対しても、敬意を持った上でものを言えますので、作り手の心情として(正しいかどうかは別として、心情的にどうしょうもない部分です)、そういう人の言葉の方が聞き入れやすいのも事実です。
また、初心者の意見が往々にして「自身も通ってきた道」であり、それが現実的ではない意見であることを理解した上で今がある事も事実です。
お分かりいただけただろうか?
