例えば、CBのプレー1つをみても、
プレミアとJでは、培ってきたスタイルが異なる訳であり、
単に伝統の長さが異なるということではなく、
求められてきたものが異なると言う事になりますし、
そして〝異なるもの〟は何か?、
本々、その肉体的な能力の仕様が異なるから、と言う事になります。
そこで、〝オシム〟が繰り返し、
〝日本サッカーの日本化〟を唱え、
イミテーションを否定してきたのか?
それは、〝トンビはトンビであり〟、
いくら努力しても、〝トンビがタカにはなれない〟からであって、
実際のところ、同じ東アジアの地域であっても、
〝
韓国〟と〝
日本〟では仕様が異なる訳ですから、
そこでは、トンビが良いのか?タカが良いのか?
という話ではなく、
トンビはトンビとして、
タカはタカとして、
その価値を高めるしかない、むしろ高めるべきである、
と言う事になると思います。
