茶封筒、冷蔵庫、黒い腕時計。
暗い部屋で激しく取っ組み合う男の影が二つ
やがて一方が力尽き地面に倒れる、ゆっくりと立ち上がるもう一方の影
亡骸を見下ろしながら乱れた息を整える桐山
桐山はプロの殺し屋
腕は一流
決してミスを犯さない男でこれまでに多くの命を奪ってきた
依頼があればどんな人間も殺す
桐山の仕事が世に出ることはほとんどない
新聞の死亡欄にひっそりと載る程度で死因は心臓発作、自殺と記されている
この国では自殺に見せかけて殺すのは容易だ
忙しい人間であれば疲れていた、悩んでいたと周りの人間が勝手に自殺の理由を作り出し
もっと大きな闇を覆い隠してくれるのだ
桐山に仕事を依頼するのはそうやって社会をコントロールしようとする人間達だ
人を殺すのに必要なのは度胸じゃない、何も感じないことだ
普通に生きていれば一人の人間を殺すのに覚悟や度胸が必要かもしれない
桐山にとって殺しは仕事であり生きるすべなのである
他人はおろか自分すらも価値はない
人を殺す瞬間、その考えに確信を持てる一瞬がある
いつのまにかその一瞬が生き甲斐になっていた
血で赤く染まった手を拭い茶封筒からいまさっき殺した人間の顔写真を確認する
本来ならここから自殺を偽装するのだが今回はその必要はない
依頼は殺しだけだった、方法はなんでもいい
ただ殺せばよかったのだ
二十代前半のどこにでもいるような男
男の部屋を見渡しても目を引くようなものはなにも見当たらない
一人暮らしの男、きっとアルバイトか何かで生活を立てているのであろう
いままで自分が殺してきた相手は地位や欲があった
この男の死に意味はあるのだろうか
この男が死んだとしても悲しむ人がいるのだろうか
普段、決して感じることのなかった疑問が湧いてきた
と同時に自分が殺した相手に初めてといっていいくらい興味を持った
いつからだろうか人を殺して何も感じなくなったのは…
そんなことが桐山の心をよぎり始めた
「何も感じないことだ」
そうつぶやきその場を立ち去ろうとする桐山
ふと腕時計を見ると針が動いていない
黒く怪しく光る盤面の数字はは男の死んだ時間を指して止まっている
なにかがいつもと違う
心に覚えた違和感に駆られ桐山は咄嗟に机に置かれた男の私物を持ち去った
足早に去る桐山
ホテルに戻るまでのあいだ様々な考えが頭をよぎる
なにかおかしい
おれははめられたのか
立場上いつ切り捨てられてもおかしくはない
しかし理由はなんだ?
仕事でへまをした覚えはない
「今回はあんたをご指名だよ」
依頼を持ってきた組織の男の薄気味悪い笑みが頭をよぎる
拭いきれない疑問の数々が桐山の頭に湧いては消えていった
わからない
一体なんだ?この妙な感覚は
部屋に戻っても納まることはなかった
冷蔵庫からスコッチを取り出しグラスに注ぐ
持ち帰った男の私物をテーブルに広げる
自分が今何をしているのかわかっているのか?
そんな理性の声に逆らい物色する
男の日記を開きページを捲る
空白が続くのその日記には三ヶ月前からほとんど読めないような字の
殴り書きがあった
そこには男の半生が垣間見れた
自分に価値はない
そう書かれた一行をみて自分に似ているなと思った
殺された男は赤ん坊のときに母と死別し父は行方知れず
幼少期から養父母の家を転々としながらも熱心に勉強し
それなりの大学に入りそれなりの企業に就職
意気揚々とこの街にやってきた
ところがすぐに会社が降って湧いた不祥事に巻き込まれ
収拾がつかぬまま社長が自殺、会社は倒産
職を失い再就職も決まらず肉体労働で日銭を稼ぐ毎日
頼れる身内もいない男にとってこの都会のわびしさは一層、男を孤独にさせた
そんなとき養父母がうっかりこの街にかつて父が住んでいたと口を滑らせたのだ
問いただすと父の名前がわかった
名前を頼りにあらゆる手を尽くして父を探した
そしてついに父らしき人物を見つけることができた
伝え聞いた特徴と重なる姿
すぐに会って父と確認し再会の喜びに浸りたかった
しかし男の疑念が生じた
いまさらのこのこ会いに行ったところで門前払いにされるだけかもしれない
相手はそれなりの暮らし
いくらか金を持っていそうであった
せっかくなら金銭的援助を要求しても悪い話じゃあない
気がつけば男は父のあとを尾行していた
そしてとあるビルに入っていった
父が出てくるまで男は待つ気でいた
ビルの屋上から死体が降ってくるまでは…
無残に地面に叩きつけられた死体が男の前に横たわる
通行人が振り返り男の周りに人だかりができ始める
人だかりを避けるように現場を後にする父の後ろ姿をみて
男は徐々に父がどういう人物なのか理解し始めた
桐山のページを捲る手が早くなる
その後も男は父の尾行を続けその先々で死体を見た
そして男は確信した
男の父は殺し屋だったのだ
やがて男の尾行は組織の人間に見つかり半殺しにされた
ボロボロの体で書きなぐった言葉が
自分に価値はないという言葉だった
桐山の頭の中にかつて関係を持った女の顔が浮かんできた
しかしそれを振り払うように桐山は日記を閉じた
何も感じないことだ
グラスに入ったスコッチを勢いよくあおる
腰に隠していた拳銃を取り出し
冷たい銃身をこめかみに当て
そしてゆっくりと確実に自分の頭を打ち抜いた
壁一面に飛び散った脳みその残骸
テーブルの上の血だまりに横たわる死体
輝きを失った目から一筋の涙がこぼれ落ちていた
ダイアリー
昨日コインランドリーで
洗濯を待つ30分の間に日記帳をつけていた
一週間分くらいたまっていた出来事で
空白のページを埋めていった
思い出して書こうとするけど
何をしていたか思い出せない日もある
思い出そうとページを開いて道行く人を眺めていると
ベオグラードのマクドナルドで
日記を書いていた時のことを思い出した
「あなた日記をつけているの?」て
隣に座った親子連れの母親がぼくにはなしかけてきた
テルアビブのバスの中で書いてたときも
隣にいたおばさんが日本語で書いた日記をみて
「ビューティフル」とにこやかに笑っていた
ふとコインランドリーでそんなことを思い出したんだ
だからどうしたの?て
いわれるかもしれないけど
こんな風に自分におきた出来事を
忘れないように書いていくのが
ぼくの日記帳なんだよね

金魚鉢、紙風船、カタツムリ
台所で今日子は摘んできたアジサイを生けようと花瓶を探している
しかし必要最低限の食器しかない一人暮らしの男の部屋に花瓶なんて
あるはずもなく適当に器になりそうなものを選ぶ
テーブルの上に置かれた金魚鉢がちょうどいい
「ねえ、これつかっていい?」
「だめだよ」
机に向かっている恭平がスポイトでヌメヌメの液体を慎重に小瓶に分けている
大学でカタツムリの研究をしている恭平は資料を持ち帰って家でも熱心に研究しているのだ
「前飼ってた金魚死んじゃったんでしょ、いいじゃん?」
「だからだめだって」
「ケチ」
「まだいるんだよ」
「なにが?」
「デメキン」
「どこに?」
恭平の目は研究資料に向けられたままぶつぶつつぶやいている
それからしばらくして恭平が大学の授業に出てこない日が何日かつづいた
今日子は妙な胸騒ぎがして何度も電話をかけるが、連絡がつかない
恭平の部屋に行っても鍵が閉まったままずっと留守で人の気配がない
大学の研究室にも電話したけど何日も出てきてないといわれる
いてもたっていられない今日子は雨の中もう一度恭平の部屋に行く
「本当はダメなんですけどね、あとで私が何か言われるんで困るんですよ」
渋る管理人に部屋の鍵を開けてもらう
玄関を開けると真っ暗でだれもいない部屋
スイッチを押しても電気がつかない
テーブルの上に置かれた携帯電話のかすかな点滅で
部屋の様子がなんとかわかる
くしゃっと何かを踏んづけた今日子
足元を見渡すと大量の紙風船が転がっている
慎重に部屋の奥へとすすむ
テーブルに反射した光が金魚鉢を怪しく照らし出している
一瞬、金魚鉢のなかにうっすら浮かぶ影のようなものがみえる
恐る恐る覗き込もうとする
と急に部屋がパッと明るくなり
振り返ると玄関に泥だらけの恭平が立っている
「どこいってたの?泥だらけじゃない」
「みてよ、これ」
四角いケースのなかに一枚の葉っぱが入っている
そのうえで小さな透明の殻を背負ったカタツムリが目を動かしている
「珍しいカタツムリが見つかったて連絡が来たからすぐに飛んで行ったんだけど
山に入ったらなかなか見つからなくてさ
五日かけてようやく見つけたら、こうなってた」
背中の大きいリュックを下ろしタオルで濡れた髪を拭いている
「何度も連絡したのに」
「ごめん携帯忘れちゃっててさ」
「おまえこそ、ここでなにやってんだよ」
「デメキンに餌やってたの」
「??」
にんまり笑う今日子




