金魚鉢、紙風船、カタツムリ
台所で今日子は摘んできたアジサイを生けようと花瓶を探している
しかし必要最低限の食器しかない一人暮らしの男の部屋に花瓶なんて
あるはずもなく適当に器になりそうなものを選ぶ
テーブルの上に置かれた金魚鉢がちょうどいい
「ねえ、これつかっていい?」
「だめだよ」
机に向かっている恭平がスポイトでヌメヌメの液体を慎重に小瓶に分けている
大学でカタツムリの研究をしている恭平は資料を持ち帰って家でも熱心に研究しているのだ
「前飼ってた金魚死んじゃったんでしょ、いいじゃん?」
「だからだめだって」
「ケチ」
「まだいるんだよ」
「なにが?」
「デメキン」
「どこに?」
恭平の目は研究資料に向けられたままぶつぶつつぶやいている
それからしばらくして恭平が大学の授業に出てこない日が何日かつづいた
今日子は妙な胸騒ぎがして何度も電話をかけるが、連絡がつかない
恭平の部屋に行っても鍵が閉まったままずっと留守で人の気配がない
大学の研究室にも電話したけど何日も出てきてないといわれる
いてもたっていられない今日子は雨の中もう一度恭平の部屋に行く
「本当はダメなんですけどね、あとで私が何か言われるんで困るんですよ」
渋る管理人に部屋の鍵を開けてもらう
玄関を開けると真っ暗でだれもいない部屋
スイッチを押しても電気がつかない
テーブルの上に置かれた携帯電話のかすかな点滅で
部屋の様子がなんとかわかる
くしゃっと何かを踏んづけた今日子
足元を見渡すと大量の紙風船が転がっている
慎重に部屋の奥へとすすむ
テーブルに反射した光が金魚鉢を怪しく照らし出している
一瞬、金魚鉢のなかにうっすら浮かぶ影のようなものがみえる
恐る恐る覗き込もうとする
と急に部屋がパッと明るくなり
振り返ると玄関に泥だらけの恭平が立っている
「どこいってたの?泥だらけじゃない」
「みてよ、これ」
四角いケースのなかに一枚の葉っぱが入っている
そのうえで小さな透明の殻を背負ったカタツムリが目を動かしている
「珍しいカタツムリが見つかったて連絡が来たからすぐに飛んで行ったんだけど
山に入ったらなかなか見つからなくてさ
五日かけてようやく見つけたら、こうなってた」
背中の大きいリュックを下ろしタオルで濡れた髪を拭いている
「何度も連絡したのに」
「ごめん携帯忘れちゃっててさ」
「おまえこそ、ここでなにやってんだよ」
「デメキンに餌やってたの」
「??」
にんまり笑う今日子