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【ジジ通信】~gentleのブログ

北海道からアウトドア、ドライブ、乗馬、牧場、競馬、DIY、自家製ベーコンなどの話題

なんか超ダルいんですけど…

最近流行っている風邪の初期症状だとウチの連中が言ってる…

(´・ω・`)
今日の支笏湖は穏やかで綺麗でした。

しかし、先日の台風の影響がそこかしこに見られ、根こそぎの倒木が周辺に多く、湖岸はカタチが変わっていたり。

水は澄んでいたものの小魚などの影がなく、釣りは空振り。

切り上げたあとは大滝できのこ汁を食い、中山峠ではイモを食って帰ってきました。

羊蹄山は隠れてしまったが真っ赤な夕陽が。
もう秋も終盤ですが、スマホのデザインを変えてみました。

PC側もそのうち。
その後、銀ちゃんはラジエターホースの他にエアクリーナーホースも取り替えて帰ってくるはずだったのだが…

木曜日に工場から電話が来て言うには「今日エンジンかけてみたらセルモーターが回らないんです」

まじかよ。

バッテリーはあるし、それだけ取り外して試してみても回らないのだという。仕方なくそれの中古(リビルト品)を探してもらって、なんとか金曜日の午後に納車になった。全部で工賃消費税含めて4万円強。ちょっと痛いなあ。

でもこれで話は終わらない。なにせ、土曜日は朝から音威子府に行かねばならないのに予報では雪だから。

それで金曜の夜にタイヤ交換。
うちの子供達は皆タイヤ交換ができるように仕込んであって、特に三男はこういうことに興味があるので今回も率先してそれをやり、僕はほとんど手を出さずに無事に終わった。

そして翌朝。

音威子府くんだりになんの用があるかというと、この日はおといねっぷ美術工芸高等学校というところの1日入学があるのだ。

ここは珍しい村立の高校で、事実上の全寮制。そして道内では唯一の工芸科のある高校。しばしばテレビでも紹介されるのでご存じの方も多かろう。

美術に関心のある次男がここを志望しているのである。

本人と母親くらいが行けば本当は良いのだが、そのついでにオクサンの実家がある苫前に一泊して行こうというので家族全員で行こうと言うのだ。

行きは本人と母親が学校が用意したバスで(でっかいfightersバス)。
僕と三男が銀ちゃんで。

バスは8時に道庁近くのホテル前から出発だが、僕らは15分くらい前に先に出た。
札幌ICから高速。途中砂川で小休止したが順調に車は流れ、10時15分くらいに名寄の道の駅。ここで追いついてきたバスを30分位待って、そこから先はバスの後ろをついて走る。

音威子府に着いたのは予定から3分遅れの11時53分だった。
4時間。さすがに長い。
天気は雨。晴れてさえ居ればもう少し景色も楽しめるんだが。

まず寮に案内されて居室や浴場、食堂の見学。
部屋は2段ベッドが2つあって要するに4人部屋なのだがほとんどを2人で使っていた。
火災の危険があるようなものや大きな物の持ち込みは許されていないので非常に広く感じる。

風呂も同時に10人は使えそうだった。

寮を見た後、食堂で全員カレーライスの昼食を取る。(この見学は付き添いも含めて事前申し込み制)

その後、別棟の校舎に移動し、体育館で校長の挨拶、生徒代表による学校生活のプレゼンなどがあり、その後一日入学生は作業服に着替えて工芸室で簡単な工作実習。その間親は3つに分かれて入試や寮生活の説明やら校内見学へ。

玄関を入ったところのロビーには前年度卒業生の卒業制作が並んでいる。

どれも素晴らしい出来。これは紫陽花も含めて全部木製。


こんな立派な和箪笥も。


これは階段に飾られている大作。案内してくれたのが作者の菅原さん。可愛いだけじゃなくて絵も優秀で、学生展で入賞とか。

工芸室はドリルやら電動糸鋸やらの大型機械がたくさんある立派な工房で、中学生たちが与えられた材料と設計図を元に工作を行っていた。

美術工芸に興味のある子なら誰しも来たいと思うところだが、とにかくここは道北のど田舎。村民は800名にも満たず、そのうちここの高校生が112名という閑村。一番近い名寄の街からは車で1時間。しかし、天塩川と山林に囲まれ、自然環境は申し分ない。

この高校の間口は1学年40名なのだが、それでも道外受験者を含め例年1.4倍程度の競争率。この日の見学には生徒だけで100名近くが訪れていて、なかなか前途多難だ。

この学校はどちらかと言うと絵画よりも木工芸に軸足があるので、工作好きな三男が(それまでは工業高校志望だったのに)すっかりハマってしまったのはご愛嬌。彼の場合成績がちょっとこのままでは足りないし(笑)。

この日のプログラムは15:30には終わり、殆どの参加者は乗ってきたバスで帰ったが我々は銀ちゃんに乗ってそのまま苫前に向かった。と言ってもこの道程も2時間。海沿いは風も強く、面白いドライブにはならなかったが。

さて、この先どうなりますか。

シルバーウィークの話がまだ残っているが、この週末はいろいろ事件だったので。

伯母の1周忌を17日の土曜日にやることにしていた。
命日は明日なんだけれども。

もう永代供養を寺にはお願いしているのだが、納骨堂を早々に引き払うのも気が咎めるのでここまで引っ張っていたわけである。

既に亡くなっている伯父方の親族には文書ではなく口頭で法要をやる旨を伝えたら、4名が参加してくださることに。

それで、11時半室蘭での法要に合わせて8時半には札幌を出ようとして、花や供物を銀ちゃんに積んで母を迎えに行き、乗り込んでさあ出発というその時。オクサンが車の前で「ちょっとちょっと」と手招きをする。

「?」なんじゃ、忙しいのに。

と思って車の前を見ると…緑色の液体が大量に路面を流れているではないか! おまけにボンネットから白煙!

「うわああ」
なんでこんなタイミングで。
もうボンネットを開けるまでもない。ラジエター液が漏れているのだ。(急なことで写真はない)

これはどうやっても駄目。この日は銀ちゃんでは走れない。すぐにエンジンを切る。高機動していたわけではなく、アイドリングだったんだ。
すぐに取った行動は、保険についているロードサービスを呼ぶこと。
次に修理工場の受入確保。南区のY中自動車が銀ちゃんの主治医だが、こういう不意のトラブルではすこぶる有用な工場だ。

ここまでの手配は10分以内。
次に代車だが、こんな時のために僕はTimesのカーシェアの会員になっている。ちょっとした車需要にはこれも非常に役に立つ。
スマホで最寄りのステーションが南22西9にあるのを見つけてすぐに予約し、タクシーでそこに向かう。所要10分。確保できた車はスズキのソリオ。車内高があって、今回のように花なんか載せるのには適している。

その車に乗ってまた10分後に母のところに戻ったらうまい具合にちょうどレッカー車が到着したところだった。
サービスドライバーに工場の場所を教えようとすると、「ああ、Y中さんですね」とすぐにわかってくれた。ここはディーラーでえらく費用がかかるような修理をごく安く中古部品なんか使ってやってくれるので各保険会社御用達なのである。

急いで銀ちゃんから荷物と母をソリオに載せ替えて再出発したのは9:20過ぎだった。リカバリとしては最速だったろう。

道央道をぶっ飛ばして、室蘭の寺に着いたのは10:50くらいだった。祭壇の用意やら出席者への挨拶やら御膳のことなどがあるので本当は10:30までには着きたかったし、出席者はもう先に着いていたから失礼なことをしてしまった。

ところでこの日は白老あたりで雪虫が大量発生していたというニュースを見た方はいただろうか。
我々はもろにその影響を受けてしまった。

フロントバンパーやナンバープレート、ドアミラーにびっしり細かいものが付いているのがおわかりだろうか。なにせ、高速を走行中、「サーッ」と霧雨のような音が鳴り響いていたくらいだから。

法事と会食は滞り無く終わって片付けをし、そこを出たのは2時だった。
入院した銀ちゃんの症状がラジエターホース切れだったということと(ラジエター本体は交換してからまだ5年しか経っていない)、エアクリーナーホースも劣化があるので交換ということを電話で知った。自力走行不能にしては修理費は2万もかからないとのこと。これは不幸中の幸い。

天気は快晴で、峠の凍結もないだろうということで帰りは洞爺湖~中山峠経由でゆっくり帰ることにした。途中で車を洗車する。Timesのカーシェアは給油と洗車はタイムス側の負担だからお金はかからない。むしろ、給油や洗車の手間をかけることでこっちの利用料が割引になる。



もう夕刻が迫っていたが、サイロ展望台。



そして中山峠。左上に三日月があるのがわかるだろうか。

母を送り届けたのが18:30。帰宅して少し休み、ソリオを返したのが20:20だった。

とんだハプニングだったが、高速でそんなことになったらもっと大変だったのでこれはもう良い方に考えることにした。


この日は時ならぬ暑さで25℃近くあったと思う。
キャンプ場に着いたのは16時ごろだったが虫の多いのには閉口した。

秋キャンプだと思っていたので虫対策を何も持ってこなかった(虫よけローソクのみ)ので慌てて防虫グッズを買いに行ったが、店がない。

結局18kmくらい走らされて釧路の北、遠矢のツルハまで行き、売れ残りの蚊取り線香と虫除けスプレーを買って戻った頃にはもう暗くなっていた。



翌朝。5時には起床して手早く朝飯を食う。この日は忙しい。車を川下りの終点の細岡まであらかじめ持って行って自分は6:28の汽車に乗ってまた戻ってこなければならない。

細岡までは車で20分もかからないが、初めて行くところなので余裕を見ておきたかった。
5時半にはキャンプ場を出る。
上空は晴れているはずだがまだ朝もやが立ち込めていた。
細岡の駅はすぐに分かったがカヌーの上陸地点を探すのに10分位ウロウロした。
それが踏切のすぐそばだとわかり、そこに車を置く。先客はまだ1台だけだった。

ここから札幌から持参した折りたたみ自転車で帰るのだ。


細岡駅。


だんだん晴れてくる。と、向こうで線路を渡っている鹿発見!動画を撮影したがちょっと見えづらかったので割愛。

汽車は定刻でやってきて、自転車をたたんで乗車したが、運転手に「どこまでいくの?本当はこれ、袋に包まないと」とたしなめられる。まあ一駅だから許してくれたけど。

そのひと駅の数キロの間になんとまあ、鹿がいるわ居るわ。
見ただけでも10頭以上。そこらじゅうで線路上にいて、こっちの接近に合わせて逃げていく。何しに来ているもんだか。

乗車8分。塘路で降りて、自転車でキャンプ場へ。
そう遠くないのだが、ちょっと登りがあって運動不足の足には堪えた。(^_^;)
後で反省したが、この距離なら自転車じゃなくてキックボードで良かった。わざわざあんなかさばるものを持ってきたのは失敗だった。

そんなこんなでキャンプ場に戻り、僕が休んでいる間に息子たちにカヌーのセッティングをさせた。


最初は僕と3男で行くことに。次男はその後ということに。出発したのは8:20位だったと思う。

誰かのブログで1時間程度だと書かれていたのでそんなものかと思っていたのだが…
まず、塘路湖を脱出するのに手間取った。出口の水門がわからずに15分位ロス。結局塘路湖で30分かかってしまう。

そして支流から釧路川の本流に出るのに更に20分。

しかし、天気は素晴らしい。が、暑い!
9月の下旬だというのに、ここは釧路川だというのに20℃にもなっている。

眺めは素晴らしく、岸辺に鹿もいて楽しめたが、流れが想像以上に緩く、結構漕がされる羽目に。

結局細岡に着いたのは10:30だった。
楽しかったが結構へばってカヌーを二つ折りに畳んで車に載せ、またキャンプ場へ戻った。
もう11時。

次男は大人しく待っていたが、時間がかかったのと我々の疲れ具合を見て川下りは遠慮し、一人で15分位塘路湖を漕いで終了。(笑)

場合によってはここから次の泊地を探して移動することも考えていたのだが、ちょっともう疲れてしまった。食料の補給も必要だし、この日もこのままここに泊まることにして近くの温泉に行くことに。

近くと言っても一番近いのはシラルトロ湖のそばの茅沼温泉までは11km。2時過ぎにそこに行き、汗を流す。かなり熱い湯だったが、いい湯だった。

そして補給だが、また遠矢のツルハまで行ってチルド物などを買い、生鮮が足りないので貝塚の生協まで行って鹿肉を入手した。

この道々、またキツネの死骸を見る。しかも2匹(TдT)。
もうこれだけでも60kmくらいのドライブなのだが、せっかくなのでコッタロ湿原展望台に寄る。


ちょっと手前の沼が影になっちゃったな。

この日の夜はまた残り野菜と鹿肉のダッチオーブン蒸し、野菜とシュウマイのスープなどを作って堪能。

あっという間に翌日は最終日だ。(一応続く)




道草を食ったので摩周温泉に着いた頃は10時半近くになっていた。ここには日帰り温泉はないが、周辺の温泉情報などがあるのでパンフレットなどを収集。そして若干の給油。

ここから道道を登る。視線の先が青い空だけになってもう展望台へ着こうかという時になって前の車が停車。(うっ)

駐車場待ちの渋滞!前に15台位か。でもこれは仕方ない。快晴のシルバーウィークでこの時間帯なんだもんな。

10分位待たされて第一展望台の駐車場に入ることができた。


7月に来た時は無風で湖面が鏡になっていたが、この日は少し漣が立っていて鏡面とはいかなかった。その代わり時間帯が良かったのでご覧のとおりの青さ。


あまり知られていないかもしれないが湖と反対側の眺めも秀逸なのである。さっき出てきた雌阿寒、阿寒富士がよく見える。

おみやげなどを物色してここでは40分位滞在。
思いの外時間を食ったので第三展望台はパスして川湯方面に。硫黄山もパス。
やはり次男に美幌峠を見せたいので道道52をそのまま砂湯方面へ進む。と、路上に何か横たわっている。

キツネの死骸だ。あまり損傷はないようだったが、野生動物の交通事故は見たくなかった。合掌。

美幌峠には12:50着


ここの雄大さはこんな写真では伝わらないなあ…仕方ないけど。
もう13時を過ぎているので次のキャンプ場へ急がなければならないが、ここまで来たので温泉に入りたかった。昨夜、野中温泉には入りそびれてしまったのだ。

それで、さっき仕入れた情報を元に、道すがらの三香温泉というところに。
ここは和琴半島のすぐ近く。和琴半島の信号を半島方面に曲がって少し行くと右折の看板がある。畑の中を進んでさらに左折すると、完全に森に埋まったかのような門構え。
柴犬が出迎えてくれた。

人を呼ぶと女将さんが出てきて「露天風呂だけで、シャワーはありません。かなりワイルドですけどよろしいですか」と(覚悟しろよ)的な念押しをされる。それで結構と言うと一人400円払って中に入れられた。



これは外ではなくて門の中である。(笑)

するとこんなバラックが。
この中が脱衣場で、写真を撮りそこねたがなかなか風情のある薪ストーブが鎮座している。

そして…

これがその露天風呂。
これ以外の設備はなく、シャワーや蛇口はない。左手前に見えるおふろマットが3枚ほど敷いてあって、桶と石鹸、シャンプーは置いてあるのでここで湯を手汲みで洗え、というわけである。
確かにワイルドだが、これはこれで我々には十分だった。

お湯も湯船が3つに仕切られていて上流から順に温度が下がるように仕組んであるので熱すぎることもない。虫が来るのは致し方ないがこの爽快感は他に比肩するものがないだろう。

いい穴場を見つけた。大満足してそこを後にする。(後で知ったことだがここのオーナーはこの施設を売りに出しているようなのだが、なかなか売れないのだという)

時刻はもう14時を回っていた。国道391を南下し、弟子屈で食料品の仕入れ。
幾つかの展望地を回る手も考えていたのだが、設営を明るいうちにしたかったのでそれはやめて塘路湖へ。

4時少し前に塘路湖元村キャンプ場へ入った。明日は早朝から川下りである。(続く)


ご無沙汰しました。
シルバーウィークに僕が大人しくしていると思っていた皆さん( ̄ー ̄)。甘いね。
夏休みを取らなかった分、24,25日も休みにして9連休としたのであります!(・∀・)

とはいえ、全部を遊びに使えるわけでもなく、学校も休みの前半戦で3泊4日の道東行ということだけ決めていたのでした。

目的は…
新調したインフレータブルカヌーでの釧路川下り!

ほぼこれだけが目的だったが、受験生の次男も参加することになり(オクサンに追い出された:笑)、彼が未踏の美幌峠や摩周湖を見せてやることも目的に追加され、そこそこ忙しいことに。。

連休初日は雨だったのと準備もしたかったので、20日(日)の朝に出発。

家を出たのは9:20位だったと思うが、給油と買い物、それと連休とあって道も混んでていて札幌を脱出できたのは10:30頃。

いつも言っているが僕は道東道が嫌いなので、熟慮の結果今回は下道で日勝峠を越えることにした。これは正解だったと思う。シルバーウィークの真ん中、道東道で富良野へ抜ける観光客も多い中で下道を自分のペースで走れたのは大きい。

ルートプランは274で日勝峠を越え、十勝清水からは高速で足寄まで行ってしまおうというもの。札幌はそこそこ晴れていたのだが、夕張山地が迫る三川あたりで霧雨模様になってきた。
ままよ、このあたりは想定の範囲内。峠を越えれば天気は良くなるはず。そう思いながら車を走らせる。案の定、連休中の車は皆高速に行ってしまっているらしく、交通量はごく少ない。天気はいまいちだがドライブは快適だった。

↑こんな感じ

12時半を回った頃、穂別を過ぎて鵡川に差し掛かる。と、対向車線の橋のど真ん中に車を止めて写真を撮っている奴が居る。「なんじゃ?こんなところで」と思ってそいつの視線の先を見やると…なにか黒いものが川岸に見えた。

「! ヒグマだ!!!」

渡り切ってしまった橋をUターンしてそこに戻った。体長2mくらいの成獣が川岸で動いている。後で息子が撮った写真を確認したら確かに魚を咥えているようだ。距離は200mまではない。
ここは人家もそんなに遠くはないのだが、こんなのがそばに居るんだ。



いきなりのレア体験に驚きつつも日高の道の駅で小休止。13時半にはそこを出て日勝峠を越える。


ここが14:20。ほら、東は晴れているだろ?

ここからは十勝清水ICまで下りて高速。前回痛い思いをしているのであまり飛ばすこともせず、足寄で降りたのは16時少し前になっていた。本当はここで食料など買い出ししたかったのだが、時間がない。日没までにオンネトーの野営場で設営してしまわねば。

そんなわけで、この日の泊地についた頃には

こんな感じ。あー、雌阿寒岳と阿寒富士は見えないなぁ。時刻は16時35分。

とにかくその日はそこで設営して例のごとくダッチオーブン料理を堪能して就寝。

そして、翌朝。

快晴!(やったー!)

そうさ、オンネトーはこうでなくちゃいかん(笑)。
5時には起き出して飯を食い、撤収して9時前には野営場を出た。ここのキャンプ場は設備はどうということもないし、サイトも広くはないがとにかくロケーションが素晴らしい。夜は満天の星だった。携帯の電波が全く無いのは玉に瑕。(au)

この日は移動しながら観光。

双湖台



双岳台

そして阿寒横断道路を渡る。好天の連休とあって道の駅摩周温泉は人でいっぱいだった。
さあ、行くぞ摩周湖。(続く)

川崎市高津区から横須賀の三笠公園までは距離は50km足らず、通常なら50分程度で着くので、昼過ぎには着くはずだった。

ところが保土ヶ谷を過ぎた当たりから雲行きが怪しくなる。いや、天気のことではない。天気はとにかく快晴で汗ばむ陽気なんだ。

大渋滞!

後から考えたらGWのまっただ中で好天とあれば道が混むのは当たり前だと理解できるのだが、首都圏の渋滞というものを知らない田舎者には正直これはカルチャーショックだったのである。

評判のうまいレストランであっても10分以上行列するのはもってのほかという我々としてはこれは耐えられない苦行だった。進みはするがいつ着くのかわからない、という状態に業を煮やしてとうとう日野ICで降りてしまった。

と言っても全く土地不案内なのでただナビの言うとおりに走っただけでその後実際にどこを通ったかは定かではない。たぶん県道21とか23を使ったんだと思う。結局目的地についたのは1時間以上予定を超過した13時10分頃だった。

三笠公園というのは第一次大戦時に旗艦として活躍した「三笠」が戦後修復されて記念艦として展示されているところである。決してメジャーな観光地ではないのだが、GWとあってかなり大勢の観光客が訪れていた。

うちの息子達が「艦これ」にハマっているのでここを希望したわけである。三笠といえば東郷平八郎率いる連合艦隊がバルチック艦隊を撃破した日本海海戦がつとに有名、と言えば軍事に詳しくない方でも多少は思い当たるだろう。

現代の常識から行くとごく小さな艦で、これが戦艦だったとはにわかには信じがたい。居住区の居住性もごく低いし、海図室はワッチの詰所でしかない。しかし、薄い装甲であっても兵装はそれなりにあるのでやはりこれは戦闘艦だったのである。

せいぜい一時間もあれば見物できるかと思ったが案外に時間を要し、ここではたっぷり2時間を使ってしまった。

時刻はもう15時を過ぎている。
腹も減ったので食べる場所を探したが、これも不案内でうまくゆかない。横須賀といえばカレーだろうが、どこも並んでいるのでパス。結局天丼に落ち着いてしまった┐(´д`)┌。

もう16時近いので鎌倉はとても無理。長男との待ち合わせも変更の連絡を取り合いながら、それでもせっかくなので三浦半島の先くらいに行ってみようと国道134を南下してみたのだが、これが第二の間違い。

久里浜ぐらいまではどうにか車は流れたが、海岸に出たあたりでまた渋滞。
時刻は17時にもなり、もうこの先に行くのは無謀と知って三浦海岸から県道214に逃げて帰途についた。県道と言っても非常に狭い市道のような道。しかも山。この道すら途中で詰まって、結構時間がかかってやっとのことで衣笠ICにたどり着く。この時点で17時半くらいだったと思う。18時に横浜なんていうプランはとっくにぶっ飛んでいて、20時に溝の口に変更した。

行きが混んでいれば帰りも混んでいるに決まっている。逗子あたりから渋滞し始め、朝比奈では完全にノロノロになってしまった。

流れ始めたのは狩場を過ぎたあたりからか。土地勘がないのでどこまでどのくらい待てばいいのかがわからない。でもとにかく溝の口に19時半には辿り着いた。

溝の口で長男と落ち合い、ちょっといい値段の焼き肉で慰労。
車の確保時間も2時間以上延長して川崎駅前のタイムズステーションに車を返したのは22時21分だった。

長男は翌日は休みを取ったのでこの日は電車で品川駅まで移動して駅前のホテルに全員で宿泊した。

翌日は浅草である。

(つづく)

連載休止中(笑)だった本稿の続きです。

川崎は川崎駅に近いダイワロイネットホテルに投宿したのだが、日が暮れて駅から宿まで5分位の徒歩。ここはあまり青少年には相応しいとはいえない雰囲気の街なのだが、やはりデリヘルのサンドイッチマンがいたり、見るからにラリってそうな浮浪者がいたりしてうちの中学生が目を丸くしていた。

「◯(長男の名前)はこんなところに住んでるの?」と下の子に問われて、「いや、川崎ってのは細長い街で、こういうところはここだけだよ。あいつが住んでるのはもっと住宅地で文教地区だから」と説明してやったら少し安心したようだった。しかし、実際先日の中学1年生が殺害されたのはここからほど近い多摩川沿い。何故田舎からいきなりこんなところに出てきたのかという思いは残る。

翌朝、この日は車を借りてその長男のところに行くのだ。

彼の仕事場と居宅は東急田園都市線の梶ケ谷=宮崎台の中間辺り。溝の口にほど近いので便利も良い。ここまで市街地を13kmくらいナビの言うままに走る。

10時、事前のアポ通りに仕事場に着き、所長さんに挨拶。30分ばかり話をした。割と大きな新聞店だが、奨学生は彼一人らしい。あとはインドネシア人が一人いるだけで他は専従なのだという。最近は新聞配達員のなり手もいないようだ。

本人はYAMAHAのスクーター型のバイクでこの日は集金をしていた。僕なんかはカブだったが、このスクーターはオートマチックらしい。それはいいけど、足を広げられたほうが取り回しは楽だと思うんだが。

挨拶を終えて、本人の1Rマンションへ。狭いがまあ単身者には十分だ。エアコンもちゃんと付いている。ここを新聞店が借り上げて家賃は給与から天引ということなので、とにかく仕事をちゃんと勤めさえしていれば生きてはゆけて学費も払ってもらえる、という仕組みだ。あとはちゃんと大学に行けるかどうか(笑)。

11時過ぎまでそこに居て、長男はこの後も集金があるので別行動として、夕方に横浜で待ち合わせということにした。

そして次の目的地は横須賀、そして鎌倉と考えて京浜川崎ICから第三京浜へ上がったのだが、これが誤算の始まりだった…

(つづく)