王様と奴隷 ~白血病の旦那を亡くした私の日記〜
旦那様は王様です。
嫁と息子は奴隷扱い。
下克上目指して、頑張れ私!
ペースメーカーを埋め込んでいる祖母は
半年に一度の点検の為
入所している施設から連れ出して
手術を受けた病院を受診している
前回は胸に白い影が映っていて
水が溜まっているようなので
利尿剤を処方されていた
そしてその半年後である今月は
その白い影の範囲が拡大しており
このままだと年内に入院になるらしく
なんとか通院で水を抜けるように
外来で治療をする事になった
「これだけ水溜まってると苦しいと思う」
と担当医に言われたので
元気そうに見える祖母には
その状態が日常で当たり前なのだと思うと
なんとも居た堪れない気持ちになる
年が明けると104歳を迎える祖母は
認知症が進み
家族の記憶はあったり無かったりだが
絶対に忘れない事がある
病院の検査で行く先々の窓口で聞かれる
名前と生年月日は
サラサラと答えてくれる
そして病院職員の方々や
話す機会のある他の患者さん達から
「103歳
」と驚かれる事に
毎回喜びを感じているようだ
耳も相当遠いので
相手の言っている事は聞き取れていないが
私が「103歳凄いね!って」と
耳元で大声で伝えると
饒舌に自分の元気をアピールする
真実と虚構の入り混じったそのアピールを
私は苦笑いで聞いているのだが
それで祖母の元気が保たれるなら
わざわざ訂正する必要もない
とはいえ
「息子のご飯も私が作っている」だの
「毎日の庭の草抜きが大変」だの
誰がどう見ても無理なことを
やっていると言い張るので
相手も話を合わせてくれているのが
見ていて申し訳ないやら面白いやら
年明けの誕生日を元気に迎えて
噛み合わない会話をまだまだ楽しみたい
そんな事を思いながら
あと半月の2025年を過ごす師走
ひとり暮らしになってからというもの
ひとりでどこかに出掛けることに
何の抵抗もなくなってきた
大勢の人で賑わうイベントでも
ひとりでも充分に楽しめてるし
外食では好きなものだけを好きなだけ
飲んで食べて何のストレスもない
時々友人や家族と会ってる時間も
それはそれでとても楽しいし
バランス取れてるんだと思う
先日泊まりで一週間の旅に出かけた
父はショートステイに預ける事に……

妹も一緒だったが
妹は息子のアパートに泊まるので
私はその近くでホテル泊
合間で一泊だけ
私の息子も合流して二組の母子で観光に
息子と会うのはいつぶりだろう……
暫く見ないうちに
めっちゃ太ってて笑った
しかしもう30歳も近いというのに
LINEの返事もほぼ無いに等しいのに
それでも可愛い息子には変わりない
息子と同じ部屋に泊まったが
トイレもオナラも着替えも気を遣うし
ひとり暮らしに慣れてしまった私には
誰かと同じ部屋で過ごすという事に
少々ハードルが上がっている事に気付いた
それはきっと
息子も一緒であろう
それでもたまには息子に会いたいし
会って仕事の話を聞くのは楽しいし
一緒に食べるご飯はやっぱり美味しい
きっと正月も帰って来ないから
時期を見て息子のところに押しかけよう
目の病気の画像載せます
グロ注意
少し前の話になるが
目が覚めると右の瞼が重たく感じた
鏡を見ると瞼がぷっくり腫れている
慌てて近所の眼科へ行くと
少し充血していることもあり
感染症も疑われて別室に通された
その日は点眼を2種類もらって帰宅
数日様子見してから再診する事に
2日目
右瞼が開きにくくなって
無理矢理こじ開けてみると視界もおかしい
怖くなって再び眼科へ
「点眼に即効性はないので
このまま週明けまで点眼続けて」
という事で再びそのまま帰宅
3日目
右瞼は全く開かず
右目の視力だけが明らかに落ちて
白目が黄色くゼリー状に
4日目
白目が信じられないぐらい真っ赤に
視界は両目だと二重に見える状態
右瞼は変わらず開かない
5日目
やっと週が明けて眼科へ
充血と腫れはほんの少し引いたけど
両目だと視界がおかしいのは継続中
脳外科でMRIを撮ることに
6日目
紹介状を持って脳外科へ
40分間目を瞑り
「頭も目玉も動かすな」という苦行
無限にも感じられた時間を乗り切る
8日目
MRI画像の解析結果を聞きに眼科へ
瞼と眼球を動かす筋肉が炎症をおこし
動きが悪くなって
視界がおかしくなっていた模様
医師が疑っていた
甲状腺や自己免疫系の病気では無さそう
もしそれ系の病気なら
高速道路でも1時間かかる病院へ
通院して欲しいと言われていたので
「こんな視力でどうやって運転しろと
」
と悩んでいたから心の底から一安心
今もまだ点眼を続けているものの
傍目には全く元通りのようだ
何十年ぶりかの眼科で
いろいろ検査をしてもらったけど
近視・遠視・乱視の症状があるらしく
今のこの状態が元々こうだったのか
炎症を引きずってこうなっているのか
自分の視力が分からなくなっている
旦那の遺影に毎日手を合わせて
自分の健康を願うという
自己中の極みの日々

