ローリング・ストーンズ野郎の雑記 -96ページ目
<ローリング・ストーンズに関する雑記とその他>の看板をおろしかけてるブログ

8年ぶりの生サンタナを、タイフルーツさんと体験。

ステージ開始早々にいきなりキリフダ を出してきたあとも、1969年のアルバム「サンタナ」、70年の「天の守護神」、71年の「サンタナⅢ」のいわゆる初期三部作からの落としどころ楽曲でひっぱって、「哀愁のヨーロッパ」のサービスタイムあり、昨年の新譜「ギター・ヘヴン」からはクリームの「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」が再現され、さらには「マリア・マリア」や「スムース」も忘れ去られずに登場し、あっというまの3時間。

「引退後はハワイで伝道師に」

というカルロス・サンタナ自らの数年前の放言も、あながち放言でもなさそうなMCをおもしろおかしくおりまぜながら、<伝説のウッドストック>を伝説とたらしめる「ジンゴー」(下の動画は昨年10月のパリ)が始まったときは、さすがに心が震えました。

ステージスクリーンにはアフリカのどこかの伝承舞踊が映しだされていたけれども、あの映像が日本の阿波踊りだったとしても、違和感はないですよね。

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ここ最近のバンコク中心部もしくはバンコク近郊の大型モール内の飲食店はどこもかしこも満席の様相で、屋台に毛の生えた昔ながらの簡易食堂に席があれば ラッキー。

というお食事の時間が続いているのですが、日本・タイ間のビジネスに携わっている方々は、こうしたバンコクの好景気を肌で感じ取っていることと存じます。
今日もまた、映画館モールには出かけてはみたものの座れるお店がなくて、結局は家の近所のお粥屋サンでチャイニーズ・スープ。
黒木メイサに激似の観光ガイドさん が大戸屋のアラスカサーモン定食を語る横で、上の写真の正体不明のスープをすすりながら、どっちが日本人でどっちがタイ人がわかったもんじゃないですね。

と、明日(今夜)はサンタナだっていうのに、ユーミンの歌をフト思い出しました。
原田知世チャンヴァージョンはユーチューブには転がっていないようです。

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2月下旬の刊行予定が一部で告知 されていた翻訳版キース・リチャーズ自伝。

僕の探し方がマズイのか、アマゾンでは商品情報がみつからない。
その代わり、ブリッジズ・トゥ・バビロン・ツアーのセントルイス公演で「オール・アバウト・ユー」を歌っているキースの動画を見つけました。

同公演は早い時点でオフィシャルビデオ化されていますが、キース・タイムは「ワナ・ホールド・ユー」のみの収録でしたね。
1986年のアルバム「ダーティ・ワーク」から定着した、

<アルバムのラストはキース>

の始まりとも思える、1980年のアルバム「エモーショナル・レスキュー」 のラストバラードです。

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バンコク公演も行った数年前の「セイクレッド・ラヴ」のあとは、スティングさんも企画モノやライブに主眼をおいているものなのか、上の写真は昨年のベルリン・ライヴ。

オマケとされているDVDのほうがメインのCDよりも収録曲数が多いところも泣けますが、なのに、「フィールド・オブ・ゴールド」のDVD映像がないところもさらに泣けます。

CD、DVD共通曲の↓の「デザート・ローズ」(動画はオリジナルPV)は最近の曲だと思ってましたが、余裕で10年は経過してたんですね。
発表当時は、

「ワールドミュージックへのアプローチ」

だなんだのと評されていましたが、「ポリス時代からレゲエでアプローチしてただろ」と感じたものでした。

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イギリスにいた頃の片思いの女性が、最近になってインターネット上で僕の名前を見つけたとのことで、「ドゥー・ユー・リメンバー・ミー?」ではなくて、

「ユー・メイ・リメンバー・ミー」

という、25年前とかわらない高慢チキなメッセージを送りつけてきた。
しかし、僕としてはその名前はハッキリと憶えているので、「まるで昨日のことのようにフラッシュバックしてるよ~」と返信したものの、当人の自己紹介ページには写真がないし、どうしてもその顔が思い出せない。

要は、片思いがたくさんいたから、こういうテイタラクなのだと思います。