ローリング・ストーンズ野郎の雑記 -51ページ目
ローリング・ストーンズ野郎の雑記

リチャード・ギア主演の「HACHI」はバンコクの映画館各所でも感動の嵐を巻き起こしましたが、

「いや、あれはね、主人を迎えに行ってたんじゃなくて、駅前の人たちがくれるヤキトリねらいだったんだよ」

とワレワレ日本人がタイ人さんたちにシッタカ講釈をたれなくても、タイの人たちはちゃんとわかったうえで涙を流してますから。
駅前のハチ公さんたちがものすごい勢いで尻尾を振っている時は、一本5バーツのブタの串焼きを。

ちなみに、バンコク地下鉄も開通8年を迎えて、それぞれの駅に独特の駅前風景がすでに確立された観があり、↓の写真はオートバイタクシーを待つ仕事帰りのみなさん。
しかし、バンコク有数の事故多発ゾーンの一画でもあります。

よって、この界隈のランドマークこと、カエサルやナタリー、エマニュエルなどの巨大特殊浴場式マッサージ店をご利用の場合は横断歩道を渡る必要がない、他の出入口を使ったほうがブナンです。

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ハマコー先生のラスベガス事件が明るみに出た当時は、朝から晩まで安手のタレント陣がシタリ顔で時事解説(糾弾)する民放バラエティなどなかったので、NHKニュースを見ていた父が、

「もともと博徒みたいなことをしていた男が、ラスベガスでも博打しただけだ」

と解説してくれたものでしたが、そういう観点で考えてみれば、今朝からニュースねたになってる田中美絵子代議士センセーをめぐるゴシップは、サモアリナンとしか言いようがない。
もっとも、ハマコー先生の場合は自称他称ともに<木更津のダニ>から更生しようと町議、県議を経て国会議員のバッジをつけた道のりと比べると、今なお<前歴・風俗ライター、ヌード女優>でしか話題にならない人間を相手に、まがりなりにもの総理大臣経験者が大苦戦した2009年の衆議員総選挙は、異常中の大異常ということだったんですね。

それにしてもハマコー先生。
すっかり音沙汰が消えてしまったのは、やはり、認知症はホントだったのかな。
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本土なのか、香港なのか、台湾なのか、シンガポールなのか、その男がドコのチャイニーズなのか興味も関心もありませんが、くだんのコーヒーショップで、

「サンドイッチ、中はナニも入れなくていいから、25バーツを20バーツにしろ」

と笑いをとるのではなく、ホンキでゴネてるコトには恐れいった。
通訳がわりらしき肌の黒いタイ人女もタイ語でギャギャーキーキーわめていて、奥ゆかしいコーヒー嬢を困らせてるので、

「何が何でも20バーツでパンが食べたいのなら、コンビニで一斤17バーツで売ってるじゃないか。こんなところで大騒ぎしないでくれ」

と僕は言ってやりたかったんですが、仕入れ係の女丈夫が店の奥から出てきて、「ソーリー、ソーリー」と2人を問答無用に店から追い出してしまったことにもおそれいりました。

「タイの屋台メシは30バーツ(100円)以下でなくてはならない、永遠に」

とでも言いたげに5バーツ、10バーツで大騒ぎするのは、一部の日本人タイ大好きですサンだけじゃなかったんですね。
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コーヒー嬢が「グリーンティー(ギーンティ)」「チャー・キオウ」のことを、いきなり「オチャ」とか言い出した。

このあたりの昼間日本人人口は3人もいないはずなのに、一体、ナニが起きたものなのか。
また、こうした職種にアリガチなナレナレしさ、ズーズーしさを感じさせないコーヒー嬢だからといって、

「一日2回はアメリカーノを買いに来て、日本でチョコレートを買ってきた僕に気があるのかもナ~」

などといったノボセあがったことはまったく考えていませんが、このお店にやってくる男女10人以上はいるK国の人々の言語ではなく、日本語をアレしてるていうことは彼女の中では日本語は実利よりも高尚なモノなのかも知れません。
それにしても、このテキスト本のフォントづかい、時代の流れを感じるセンスですね。
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バンコク近郊の冠婚葬祭にはなるべく自分で足を運ぶようにしており、地方部でもソレに参列する人にコトヅケを頼むようにしてます。

しかし、海外となるとそうもいかずに、友人の甥御さんがタイ人女性と結婚した際には、式の2ヶ月も前に「婚約破棄はナシね」とベンジャロン(タイ流七宝焼き)の夫婦茶碗を日本に置いてきたこともあった。
また、タイでは電報サービスが廃止されているから、といって結婚式場にファクスを送りつけるも無粋なので、そういう時のために日本郵便やNTTがあります。

ちなみに、日本とほぼ同じ時代にスタートしたタイの電報。
人間の脚による配達よりも信頼性が高い通信インフラの発達に伴い、電報が「督促状」ぐらいにしか利用されなくなったことが廃止の理由なのだとか。

なかなか納品せず電話連絡がとれなくなった印刷屋に出かけたところ、すでにモヌケのカラとなった社屋の玄関に、裁判所への出頭命令とおぼしき電報の数々がビッシリつまっていた、なんてこともありました。
電報の廃止とともに、そーゆー業者も激減してればいいんですけどね。